艶 完結編
           えにしだふう様 ご投稿作品
 
 
 弟 関興に抱かれながら意識を手放したその晩から、関平は変わった。
 もちろん関平本人が自分は変わってしまったと思っているだけでおそらく弟も父もまして他の者たちには気付きようもない変化だが、関平にとってそれは些細とは言い難い変化であった。

 朝まで共に居てくれとねだったその言葉通り、関平が目覚めた時には興が自分を抱き込んだまま静かな寝息を立てていたが、関平 は弟を引きはがす気にはなれなかった。
…昨日までの私であれば平気でそうしていたというのに。
 そっと見上げ、弟の顔を窺う。
…私はもう駄目だ…。
 関平は嘆息した。
 もはや金輪際、褥のことでは弟に逆らえないだろう。どんなに理不尽な要求をされても、どんなに気乗りせぬ時に求められようとも。弟の強い腕に翻弄され酔わされ落とされて味わった、正常とは言い難い悦びをこの身体は知ってしまった。さらに彼を気落ちさせるのは興にも昨夜の情事にも全く嫌悪感は湧かぬ自分自身だ。
…まったく。
 関平は己の厄介な性癖を心底恨めしく思った。強引に抱かれれば抱かれるほどその行為に、相手に、のめり込んでしまう。
 眉間に皺を寄せて、ほぅとついたため息に興が目を覚ました。
「…兄上」
 興は、兄を甘やかすようにそのこめかみにくちづけた。
「…」
 仏頂面のまま何も答えない兄に、興は不安げに尋ねた。
「…兄上、その、怒ってしまわれたのですか」
「…いや」
 関平はむっつりしたまま答えた。
 時刻はまだ夜明け前。部屋の中までもしんと冷えているが、興の脚が巻き付けられているおかげで足元までも暖かい。そもそも男二人が入れるようには出来ていない掛布からはみ出した弟の肩をせめて温めてやりたいと、平は怖ず怖ずと興の背に手を回した。
「ああ、兄上の手、温かい」
 関興はうっとりと囁いた。
「…ねぇ兄上。兄上の中は、もっともっと熱くて気持ちいいんです」
「ば、馬鹿なことを」
 突然始まった恥ずかしすぎる惚気に、関平は動揺した。
「とろけそうで、吸い付いて、堪らぬのです」
「よさぬか、そのような話…」
「何故ですか?興はもっと兄上と触れ合っていたいです。兄上とひとつになりたい」
 押し付けられた股間はすでに熱を帯びていた。
「こら興…やめ、ん、んんっ」
 お互い一糸纏わぬ姿であればたちまち数刻前の色濃い空気は甦る。布団の中で抱き合い、かの場所を押し付け合っておれば自ずとその先に進むというものであり、平の方でもいよいよこのままでは到底引き下がれぬほどに高ぶった。
「はぁ、興、もう、来てくれ…」
 自ら足を開き自分を迎えようとする兄にくらりと脳髄をやられそうになりながら、しかし興は一晩明けてさらに無精髭の目立つようになった顎を兄の腹や内股の柔肌に擦り寄せて戯れつく。
「んっ、ちょっと、は、早く…」
 平は焦れったさに身をよじった。
 兄が不満気に顔をしかめるのに、さらに興は加虐心を募らせた。そして同時に
…これはいい。
 己の閃きに自画自賛した。
…うまくいけばこのやり方で父上との約束も果たせる。
 もちろん取引の存在すら知らぬ関平は、弟が自分の言うなりにすぐには与えてくれぬことに、そしてその瞳に自分には知り得ぬ企みの気配と不穏な光が宿っていることに心を震わせた。
「兄上。お願いがあります」
 次は何を言い出すのだろうと先の読めぬ興の思考に歓喜すら覚えながらもそれを隠し、関平は頷く。
「縛られてください」
「な…何だって…?」
「縛られてください」
 興は一語一句違えずに繰り返した。
 イヤそれは…とか、しかし…とか、もごもごと口の中でこちらに届かぬ言葉を零す兄を置き去りに、興は二人分の腰紐を床から拾い上げた。
「さ、兄上」
…本当に嫌ならばとっとと拒めばよいものを。
 奇しくも、この時平と興二人ともがそれぞれにそう考えていた。しかし兄にその隙を与えたくはない興は、未だ果てない自問自答を繰り返している平の手首を捕らえ、それを後ろ手に縛り上げた。
「…」
 兄が何も言わぬのをいいことに、興はさらにもう一本の腰紐を兄の眼窩に押し当て後頭部で結び目を作る。しかしそれにはさすがの平も不満の声を上げた。
「め、目隠しまでしろとは言わなかったではないか」
 視覚を奪われ、興が体のあちこちに触れてくる度に驚き、肩が跳ねる。
「でも兄上、感じてらっしゃる」
 ずばり言い当てられ、平は羞恥に顔を背けた。
 自分が今どれほど恥ずかしい姿を曝しているか、それを思い描いただけで体温が一度二度は上がるような思いがする。
「兄上、素敵ですよ」
 くすくすと笑う興の声にますます羞恥を募らせ、しかしそんな目に合っている、そしてそれに興奮している自分に酔うのが止められない。
「興、もう…」
 早く、なにもかもわからないようにして欲しかった。早く、熱いもので貫いて、熱に溺れさせて欲しかった。
「兄上…」
 うっとりとした声とは裏腹に凶暴な興の雄に刺し貫かれ、関平は酔い、果てた。



 父への挨拶も諜報結果の伝達もそこそこに、その晩も関興は兄の床へとやって来た。
「…」
 二晩続けて夜も更ける前からとは破廉恥な、と思いはしたがついに関平の唇はその言葉を紡がずじまいで、弟がじっと自分を見つめてくるのに身体がひとりでに熱くなるのを認めざるを得ない。
「さ、兄上」
 関興は多くは語らなかった。ただ兄の前に二本の腰紐を差し出し、にこりと微笑む。
「…」
 関平の手首には、まだ今朝がたの交わりの印が赤く残っている。そして身体の芯には両腕の自由と視界とを奪われてかつてなく燃え上がった忘れ難い情欲の名残が、両手首の擦過痕以上にはっきりと燻っていた。
…抗えない。
 関平は一言も発さず、決まり悪さに視線を逸らしたまま、弟の目の前に自ら両の手首を揃えて差し出した。

…本気になればむしり取れる程度の目隠しをされているというだけで、こうも感覚とは研ぎ澄まされるものなのだろうか。
 弟の息が耳元に吹きかけられただけで、関平の肌は粟立った。着物の肩を剥き出しにされただけでとてつもなく恥ずかしく、あらわになった首筋ににくちづけられると生娘のように声を上げた。身体中の細胞が弟の愛撫を待ち侘びて震えている。
 しかしなんの前触れもなく関興はふい、と兄の身体から離れると気配が読めぬ程寝台から遠ざかった。
「…え…?」
 ひやりと部屋の空気が動くのと、室内をあちらこちらと歩き回る控え目な衣擦れの音、それに存分に欲を孕んだ男の視線。
…見つめられている。
 自分の唇が物欲しげにわなないていることは知っている。しかし今は焦らされることにすら快感を見出だしてしまう。
 暫くののち無言のまま唐突に、鼻先に青臭い雄の象徴が突き付けられた。
「…」
 何の言葉もなくとも何が求められているのかなど明らかで、関平は手探りでぬくいそれの根元に拘束されたままの両手を添え、ゆるゆる唇を開いた。
 しかし口を開きさえすればいいように突っ込まれるのだろうと思っていたのに、興はまるで動かない。と言うよりは、つい先程まであれほど欲に駆られた熱い息を零していたはずの弟が、この落ち着きぶりはなんなのだろうか。
 僅かな違和感に躊躇いごくりと唾を飲んだ平に、頭の上から興の声が降り注いだ。
「兄上、舐めてください」
 仕方なく舌を差し出し、触れてきたものを舐め上げ、音を立てて吸い付く。

 またも、違和感。

…一体なんなのだ。
 しかし疑ったり迷ったりしているような猶予は与えられない。瞬く間に力を得たそれは関平の咥内の隅々までを占領下に治め、さらなる奉仕を求めて喉の奥を突いた。本能が咽頭への刺激に否応なく異物を押し戻そうとするのに耐えながら、目尻と口許を濡らして一心に舐めしゃぶる関平の様子に関興は幸せそうにふふ、と笑いながら今度は兄の耳元で囁いた。
「ああ…兄上。兄上は本当にお綺麗だ」
 そうして背後から前をまさぐってくる。

…?!

…背後から…?
 ではこれは、今正面にいる、この相手は誰なのだ?!

 誰か、など尋ねる間でもない。それはただ一人、かの人であるとしか考えられぬではないか。
 なるほどそうならば先程からの違和感にも容易に決着がつく。間違いなく始めから自分の五感はそう告げていたのだ。
−これは弟ではない、父その人だ、と。

 粘つく大量の液体を喉を鳴らして最後の一滴まで飲み下すと、関平は目隠しを乱雑にむしり取った。
「やはり。…父上」
 献身的な口淫とは対称的に不満気な息子の表情に、関羽はニヤリと頬を上げて応じる。
「ほう、儂の味まで覚えておるのか。さすが、この父を誰より好いておると言うただけのことはあるな」
「…」
「な、何のお話ですか。兄上、兄上は興のことももちろん愛してくださってますよね?」
 自分の知らぬ話題に焦りを隠せず関興は忙しなく兄の背にくちづけ、固いものを兄の尻に押し当てた。
「ちょっ、興、まさか…」
 まさかこのまま二人一遍に相手をせよと言うのか。
 いつぞやの、気も狂わんばかりに乱れた夜の記憶が俄かに甦り、鼓動が跳ねた。と同時にそれを望む不埒な自分が判断を、抵抗を鈍らせる。
 まごつき、拒否しようにも今ひとつ態度に決め手を欠く関平のことなどお見通しであるとでも言いたげな父は、同じく兄の艶姿に堪えが利かぬ下の息子の様子をも見通し、先手を打った。
「興、まだだ。まだならん。お前は平の後ろを解してやれ」
 父の理不尽な言い付けに仕方なく興は兄の着物の裾から手を回し、つぷりとそこに指を差し入れる。
「う、ぁ…」
 思わず開いた顎に、すかさず再び逸物が押し込まれた。
 父のものが再度臨戦体制を調えるまでには興の指はくちゅりくちゅりと水音を立てており、その頃合いを見計らった父は夢中で兄の前後に手を伸ばして弄り回していた興を有無を言わさず押し退けた。
「うむ、ご苦労。よくやった」
「ち、父上!狡いっ…」
 平はと言えば興のように父への文句の一つを垂れる余裕すら、もはやない。
「ああっ…」
 両手首を縛られたままでは満足に受け身も取れず、父に体を押されるとどっと肩から敷布に沈んだ。
 着乱れた寝間着もそのままに片足を担ぎ上げられ、父が押し入って来る。
「っ、うぅっ…」
 息が詰まり、全身が強張った。
 関平の体は父の初っ端からの激しい抽送に合わせて寝台の上でず、ず、と滑る。そこへ寝台の乾いた木材が軋む音と関平の嬌声が重なり、関羽は大いに満悦感を、関興は喉が干上がるような嫉妬を覚えた。
「…父上!父上お一人だけがお楽しみになるのならば父上の日にそうなさったらよいではないですか!」

…『父上の』、日?

 微妙な違和感を覚えるその言葉に、猛烈な律動と押し寄せる快感の波を堪えながらも関平の耳はそれを聞き逃しはしなかった。しかし今この状況では聞き直すことも真意を問い質すこともできない。
 関興は父への不満に唇を尖らしながらも平の前へと回り込むと兄の手首に巻き付けられたままの紐を解き、そうして僅かな自由を取り戻した兄の口元へ己の猛った性器を押し付けた。
「兄上、私にも、興にもして欲しい…」
 惨めな声で懇願する弟を哀れに思い、関平は父に揺さぶられながらもなんとか体をよじって興のそこを慰めてやる。
 父の勝手な都合により時折予想外に喉の奥を突かれたり逆に口からすっぽり抜けてしまったりしたが、異常に高まった興奮に早々と極まった平がその瞬間喉の奥で上げた悲鳴に引きずられるようにして、興も兄の咥内に白い情念の固まりを吐き出した。
し かし父は年長者の熟練と、まずは今宵の一山を越えているための余裕を持ち合わせている。加えて、達したばかりで肩を震わせている関平を気遣かってしばし律動を控えてやるような優しさだけは生憎持ち合わせがないらしかった。
「ち、父上、どうか、今しばらく、お待…ち…」
 下の息子の気が済むのを待っていたと言わんばかりに関羽は平の体を引き起こし、自分の太い首にしかと腕を巻き付けさせた後再び動き出す。
「や、あっ、父う…」
 文句どころか喘ごうにも怒涛の上下動に舌を噛みそうで、関平はひたすら父に縋り付き意味を成さぬ呻き声を上げた。
 関興は関興で自分だけが蚊帳の外にされては堪らぬと、兄の胸に手をまわすとぴんと尖った桜色の両の飾りを捻ってさらに関平を悶えさせる。
「…あぁっ、また、いくっ…」
 途方もない絶頂感に関平は無意識に父の胴を両膝で締め付け、同じだけ腹の中で暴れ回る父の茎をも絞り込み、叫んだ。
「なんだ、他愛もない」
 立て続けに二度の絶頂に掠われて体を強張らせる関平に、二人掛かりで攻め立てておいてまるでさもこちらが至らぬかのような口ぶりである。
 その父はというと、平の最後の締め付けにすら屈せず未だ中で硬度を保っていた。
「父上、興も」
 鼻息荒く訴える興をも多少は顧みてやろうと、関羽は抱きかかえていた平を寝台に下ろし、ずるりと引き抜いた。体を離してみれば父の下腹に押し付けたまま射精した息子の白濁は、関羽自慢の髭にまで飛び散りそれを汚していた。
 敬愛する父のご自慢の髭を汚すなど普段の平には有り得ぬことで、息子に全く余裕など残っていないことの顕れであるそれをなんとも愛おしく思い、関羽は頬を緩めた。
「…いや、やめだ。お前などには勿体ない」
 関羽はまたも興を押しのけ平を俯させると背後から覆い被さって再度挿入を成し遂げた。
 突然気が変わるのは父の専売特許とでも言おうかその点では今さら平も興も新鮮な驚きがあるはずもなかったが、興は「どうして」とますます憤慨し、一方平は父が唐突にあらわにした独占欲に内心震えが来るほど歓喜した。
「…父、上…」
…父上が、私を、興に譲り渡したくないとまで思ってくださっている。
 力尽きたはずの下半身までもが緩やかに熱を集め、小刻みに揺らされる腰はさらに潤み父のものをしとどに濡らした。

 しかし興としてはこんなことが聞き分けられるはずもない。ついに頭から湯気を吹く勢いで父に食ってかかった。
「父上!幾らなんでも酷すぎます!今日は共同で兄上を抱く日と、ついさっき決まったばかりではないですか」
「ふん、それももうやめだ」
 父はお構いなしに腰を打ち付けてくる。
 関平は最奥を幾度も突き上げられ高い声を上げながらも、さすがにあまりにも聞き捨てならぬ父と弟の会話の内容に割って入った。
「…何の、何のこと、ですか?!」
「…」
 答えぬ興の代わりに、とどめとばかりに父は関平の耳朶を噛み、格別に深く甘い声を流し込んだ。
「…孕め」
「!!」
 倒錯的なその一言に瞬間頭は真っ白になりゾクリと背が引き攣り、父の根を包んでいた粘膜は激しく収縮する。
「うあぁあっ…」
 干からびた叫びが零れた。



「…どういうことですか。説明していただけるんでしょうね」
 敷布に突っ伏したまま父と弟を睨み上げて関平は彼らを糾弾した。
 父は素知らぬ顔を通しており平を宥める気も興を庇う気もない。
 兄の怒りの篭った視線に猛っていたものさえ萎えてしまった関興は渋々口を開いた。
「ええと、その。父上と、同盟を結びました」
「…何の」
「何のと言われましても、その、何と言ったらよいものか」
 ふてぶてしい父の説明が追う。
「はっきり言ってやればよかろう。儂に二日、興に一日、共有のために一日、どちらもせぬ日が一日で一回りとすることに決まったのだと」
「なな、何と言う理不尽な日割りですか!それでは、わ、私のための日などないではありませぬか!!」
 声を荒げても少しも堪えぬ父は、ふふんと鼻で笑うとさらに続けた。
「何を言う。これまでとて父が床に呼ぼうが、平、そなたは結局おとなしく来はせなんだろうが」
…確かにそれもそうであった、と妙に納得させられているうちに論議はますます父の都合の良い方向へ向かっていった。
「大体そなた、この父を誰より好いていると言うておいて、未だ興とも切れておらぬのか。うん?あの誓いはどうした。この父だけを見ておれとあれだけ言うたであろう」
「誓い?!誓いとは何のことですか。父上より先に兄上と契ったのは興ですよ。お忘れなきよう」



 延々頭上で続く父と弟との意地の張り合い、見栄の切り合いに頭痛を覚えながら関平は考える。
…この調子でまだしばらくは今までと変わらぬ日々が続くのであろうな。
 そして認める。
…これが私にとっての幸せというものか。

「…さて、もう一合ほど手合わせせよ」
 いや‘手’合わせとは言わぬな、などと下品な冗談を言いながらのしかかってくる父と、負けじと唇を求めてくる弟とにそれぞれ応えてやりながら、関平はいつものことながら翌日の身体の自由を諦めた。