艶 続続編
           えにしだふう様 ご投稿作品
 
 
 しばらく前から隣に眠っていたはずの弟の気配が無くなっていることには気付いていた。どうせ厠に行ったか腹に入れるものを探しに母屋にでも行ったのだろう。すぐに戻って来るに違いない。問題はその後だ。
…今度夜中にのしかかって来たら蹴飛ばしてやる。それとも寝台から突き落とすのがよかろうか。

 残念ながら若さとは望んで手に入るものではなく。関平が一回り以上も年上であることを忘れているらしい弟は、若さにものを言わせて一夜に何度もしつこくせがんでくる。せがむだけならまだいい。先日など関平が寝入ったところに無理矢理襲い掛かってきたのだ。
…馬鹿者が。人の寝込みを襲うなど卑怯な。
 ひんやりした空気から逃れんと素裸に布団を被ったままぷりぷり怒っていると、うとうとしていたはずの頭に無駄に血が巡りもはや穏やかな眠りの続きなど期待出来そうにもなかった。
 そこへ、カタリ、控えめな音と共に室内に忍び込む気配がする。わざわざ何処へ、などと声を掛けてやるのも馬鹿らしく関平は寝たふりを決め込んだ。
 弟は、何故だかその場でじっと様子を伺っているようであった。
…何か、おかしい。
 突然、空気が変わった。きん、と張り詰めたような。
 関平は咄嗟に枕を放った。
「グワッ!」
 相手が怯んだ隙に壁に立て掛けてあった弟の刀を引っつかむ。

「…曲者か」
「関興、覚悟!」
 甘い太刀筋で振り下ろされた蛮刀を、鞘で弾いてやった。
「このうつけ者めが!闇討ちせんとする相手の顔も確かめられんのか!」
 日頃は穏やかで罵声など吐いたこともないはずの関平が、たとえ曲者にとは言えこのように怒鳴るなど、確かにいらいらしていたと言わざるを得まい。
「な、何、関興ではないのか?!ムッ、なるほどその姿、男妾か。ふっ…何ともとうの立っため…」
 男がこの不届きな言葉の続きを言うことは永遠にかなわなかった。関平が怒りに任せてその喉を掻き切ったのである。
 一刀のもとに下手人を始末したはいいが、はっきり言って気分は最悪だ。
…誰が男妾だ、誰が!!
 確かに関興の部屋に別の裸の男が寝ておれば男妾と間違われても無理はないが。
 関平のいらいらはこの何処の誰だかも判らぬ男の余計な一言のせいで最高潮に達していた。しかもカッとなって真正面から喉元を横一文字に凪いだため返り血が酷い。
「…うう、眼に、入った…」
 両目を押さえてボロボロ泣いているところへ、不審な物音を怪しんだ興が戻ってきた。

「あ、あ、兄上!!」
 声がひっくり返っている。
「兄上、兄上、何が…何があったのです?!ご無事でしょうね?!」
 その余りの慌てように、いらいらしていたことも忘れて思わず吹き出した。
「興、大丈夫だ、私は」
「しかし!兄上〜」
 血まみれの兄に興の方が酷くうろたえて半ベソをかいている。
「兄上、兄上…」
「だから大丈夫だと言うに。これは返り血だ。それより…何処の者だ?」
 とは言うものの、衣服も刀もそこらの市場で安く出回っているような代物で男の出自などわかるはずもない。まあそもそも暗殺など大方がそのようなものだ。
「兄上を狙うとはこの不届き者が!」
 興の見当違いな怒りにますます自分の先程までのいらだちなど何処かへと行ってしまった。
「何をたわけたことを言っている?お前の部屋に押し入って来た曲者ぞ、興、お前が狙われたに決まっておろう。…まあ、よい。それにしても酷い目にあった。しかしお前が眠りこけているうちに襲われなくてよかったというものだ」
「兄上、本当にお怪我はないのですね?」
「うむ。だが…これは湯でも浴びねば…」
「では、湯を持たせましょう!!」
 急に自分に出来そうなことを見つけた弟というものは妙に張り切りしかし相変わらずどこか見当違いで、それが可愛くもあるが先行きが心配でもある。
「ば、馬鹿、待たんか!こんな血まみれの部屋に家人を呼んでみろ、大騒ぎになる」
「では、父上にどうすればよいかお尋ねしましょう」
 身を翻し出ていこうとする弟の袖を、むんずと掴んだ。
「この馬鹿!なおのことマズイわ!」
 興は何がマズイのか、と目をぱちくりさせるばかりだ。
「…」
 何と説明したものか。
 興には言う必要もないと思い黙っていたが、実は今宵は父に呼ばれていた。それを体調が悪いとか何とかでごまかして興の寝室にいるのである。父を呼んでもらっては困る、というわけだ。何しろ父の相手は正真正銘、命懸けだ。激しすぎて最後には前後不覚になり、しかもどうも自分が気を失った後も父の納得の行くまでいいように抱かれているらしく翌日の勤めに文字通り差し障る。それも、こちらの意向は関係なく。まだ興が相手ならば気が乗らなければはっきりそう言ってやればよい。就寝中はともかく意識があるうちならば弟は自分に強く出られないからだ。しかしこれもまた関平の律儀なところで、父に声を掛けられるより前に弟との約束があった今日のような夜は毎度どうしたものか迷った揚句、結局いつもなんだかんだと理由をつけて先に夜の約束を取り付けた方の相手を選んだ。よって今宵は弟の部屋へ。父が先に関平に伽を申し付けた日は、後から興が何と言って来ようと父の元へ。父は気付いているようだが、とりあえずこれまでは見逃してくれている。
 が。いかに非常事態とは言えここに父を呼ぶとなると話は別だ。
「父上をお呼びするのはマズイ…」
 いつまでも裸はよくないまず先に着替え、いや着替えようにもこう血まみれでは、しかし着替えたとしても弟の部屋にいたことを何と言ったものか。先程から関平の頭の中では同じことばかりが巡り巡っていた。だが大捕物があった気配などそう広くもない屋敷においていつまでも隠しておけるものでもない。一人家僕が覗きにくればあれよあれよと言う間に家中が集まってきてしまった。もちろん屋敷のあるじたる関羽がこの騒ぎを知らぬでいるはずもなく、関平は血まみれの素裸に夜着を羽織り頭の上から敷布を被った姿で混沌とした興の部屋から連れ出され、父の部屋の卓の前に立っていた。

「…父上…」
 てっきりどやしつけられるかまたは手酷く抱かれるかと思い込んでいた関平は、父が手ずから桶に湯を運び自分の身体を洗い清めてくれるのに居心地が悪い。何度か呼びかけたが父は黙ったままでこちらに一言もくれはしない。しばらくして、あれほどそこら中に溢れ返っていた血の臭いも薄れ関平の肌に一筋も傷がないことを確かめた関羽はようやく重い口を開いた。
「…怪我はしておらんのか」
「あっ、え?あの、はい…」
「痛むところはないか」
「この通り、大丈夫です」
 父はしかめっ面のまま頷いた。
…ああ、なんだそうか。
 今さらやっと関平は気付いた。父は怒っているのではない。自分を心配してくれているのだ。わかってしまえば何のことはない、怖くもなければむしろ余りにわかりにくい父なりの愛情に自然とふふ、と笑みが零れた。
「…何を笑っておる」
 ますます不機嫌な声で関羽は唸ったが関平は腹の底から沸き上がる笑いを止められはしなかった。
「い、いえ…何でもありません」
「何でもないことがあるか」
「ふっ、くくく…。父上、私は曲者にあろうことか興の男妾呼ばわりされたのです。それもとうの立った、と」
「なに、」
 俄かに気色ばんだ父を押し留めて関平は続ける。
「腹が立って、思わずあやつの口を割らせる前に叩き切ってしまいました」
「む、お前がか」
「はい。この私が」
 父には普段から気性が大人し過ぎると評されている。我ながら意外に短かかった堪忍袋の緒は父にとっても意外なことであったらしい。それにまた可笑しさが込み上げる。
 父の表情が和らいだのを見た関平は、その大きな身体にそっと身を寄せた。
「父上…。父上は、私を大事に思うていて下さるのですね」
「…」
 常になく甘えた仕種を見せる息子に怒る気をなくした関羽はその冷えた肩をそっと袖に包み、暖めてやった。
「…父上…」
 関平が顎を上げ、瞳を閉じて静かにくちづけをねだる。身を屈めてそれに応えてやったが。
「…」
「あん…」
 唇が軽く触れ合っただけでとっとと離れていった父に関平は不満を漏らした。
「それだけなのですか?もっと、もっといつものようにしてはくださらないのですか」
…関羽ともあろう者が、うっかりこの息子の色仕掛けに引きずられるところであった。
 威勢を取り戻すと関羽はしな垂れかかってくる息子の身体を押し返し、言った。
「…待て。まだお前にはこの父に言い開きせねばならんことがあろう」
…チッ、流石は父上といったところか。興のように簡単にはいかぬものよ。
 そう、確かに父に尋ねられては困ることがあるのも事実だ。
「…では、何なりとお尋ね下さりませ」
 従順なようでいてその実芯が強く、なかなかにてこずらせてくれるこの息子がしかし愛おしくてならない関羽は、ため息混じりに渋々それを口にした。
「何故儂のところへは来ずにあそこにおった」
「父上はご存知であらせられるはずです」
「むむ。平、しゃんと答えぬか」
「…今宵につきましては先に興と約束しておりました故」
「ならば何故儂には具合が芳しくないなどと言うた」
「…それも父上はご存知であらせられるはずです」
 いつにも増して何処までも強情な息子に関羽は焦れた。しかしここで短気を起こすわけにはいかない。
「はっきり言わぬか」
 すると関平は唇を尖らして関羽を見上げた。
「だって…、全部父上のせいです!父上が激し過ぎるから私は毎度気が遠くなってっ!いつでも翌朝の出仕に障りがあるほどなさるではありませんか、だから、だから」
「儂のせいだと?!お前の方こそいつも淫らに尻を振って儂を誘っておるではないか!」
「な、な…何というおっしゃりようですか!」
「ふん、嘘偽りなどではないわ。儂が悪いのではなく、平、お前の尻が儂をくわえ込んで放さんのが悪いのであろう」
 関平はわなわな全身を震わすと吐き捨てた。
「…全く何をどう間違って貴方のような方に惚れてしまったのか!こんな酷い言われようなのにそれでも父上が嫌いになれない己が信じられません!!」
 そうして肩を怒らせたままぼたぼた涙を零して泣いているが、おそらく自分がたった今何を口走ったのかわかってはいまい。父はそんな息子の様子に一瞬呆気にとられたが、続いて息子がこちらを見ていないのをいいことにニンマリと口角を上げた。
「ほう、これはなんとも強烈な誘い文句よな。平、そこまでこの父のことが好きか」
「…!」
 今頃失言に気付いてもそれは覆水というもの。逃がさぬように腕の中にしっかり納めると関羽はこの可愛い息子をチクチクといびってやることにした。
「つまりお前はこの父には何をされてもよいと思うておるのだな?それでも父を嫌いにはなれぬと?」
 関平はこの小さな牢獄から抜け出さんと身をよじるが、無論父がそれを許すはずがない。父の大きな手は腰骨を手繰り寄せるようにして関平の体の裏側へ回り込む。尻の窪みに沿って指を上下されるとたまらず関平は息を乱した。
「んん?もうその気になってまいったか?しかし父が激しいのが気に食わぬという子はこのまま撫でるだけに留めておこうか」
 今にも甘い喘ぎを漏らしそうで関平は必死で歯を食いしばる。父の悪戯な指先は関平のすぼまりに到達し、しかしまるでそこに気付かぬかのようにそれを素通りした。
「うっ…」
「平は尻を振ったりはせぬのよな?」
 意地でも腰が揺れぬよう踏ん張っておくのも楽ではない。ふうふう荒い息を吐きながら意地を張り続ける関平の前半身はさらに父の反対の手に捕まった。尻をなぞられただけで緩く立ち上がっているものをぴん、と弾かれると浅はかにもますますそこに熱が集まってしまう。
「おお、そうよ。明日の出仕に障りのなきよう今日はこちらだけにしておいてやろう」
 とうに前より後ろで得る快感でなければ満足出来ぬ身体になっていることを知らぬ父ではない。言葉通り陽茎だけには指やら舌、唇による刺激が与えられるものの後ろには尻たぶにすら一切触れてもらえぬようになり、とうとう関平は投了した。
「…父上ぇっ…無理、無理です、たまりません!」
「何がだ」
「うぅ…、どうか、こちらに、ください」
 尻に父の手を導く。もう快楽への欲が浅ましいという思いや悔しさを凌駕してしまった。
「どうして欲しい。言うてみよ」
「っあ、ああ、父上のが、ほ、欲しいっ…」
「ふん、激しくないようにはしてやれんが良いのか」
 コクコク頷くのを確認すると関羽は息子を乱暴に寝台に放り上げた。もはや関平は父に抗いはしない。与えられる全ての刺激に素直な、素直以上の反応を返し、ひたすら快感の先を求め、声を抑えるのも忘れて父との交合に溺れた。
 しめしめと思いながら息子のよがり鳴きを引き出す関羽がまさか関平の翌日のことなど気遣ってやるはずもなく。
 結局毎度のごとく父のペースで抱かれ続けた関平は翌日一日を布団の中で過ごす羽目になり、しかも一日中身体の中をまだ父のものに埋め尽くされ続けているかのような感覚に苛まれ、さらに昨夜の記憶がやっぱり途中から抜け落ちていることに落胆したのであった。