艶 続続続続編
           えにしだふう様 ご投稿作品
 
 
 ひと月ぶりに再会した弟は砂埃に塗れて幾らかやつれたかに見受けられたが、本人は至って健康体であり疲労も感じてはいない様子であった。
「ああ、興!よかった、無事で…」
「兄上!!貴方の興が、戻って参りました!」
 見上げる背丈の弟に人目も憚らずがばりと抱き込まれ、その背を抱き返してやりながらも強すぎる腕に息が詰まりそうだ。
「く、苦しい、興、放せ…」
 乱れた襟と兄としての威厳を正し、改めて弟の顔を眺める。
「兄上…」
 興はきらきらと瞳を輝かせて関平を見つめていた。

 濃い眉。
 高い鼻と切れ長の目元。
 顎周りに普段ならば見当たらぬ不精髭とくれば、間違いなく彼を形作るのがかの人の遺伝子であることは誰の目にも明らかだ。
 知らず関平の指は弟の顎から耳元までのざらつく輪郭を、その存在を確かめるように辿った。関興は自分の骨ばった頬周りをうっとりと撫でる兄の手に自分の一回り厚い掌を愛おし気に重ねる。

…兄が自分を愛してくれているのが、ただ兄の愛する父に自分の顔形が似ているからだという理由でも構わない。否、そうには違いないがそれだけでもないはずだ、と彼は考える。でなければ兄が父と結ばれた日以降も自分との逢瀬を守ってくれていることに説明がつかぬではないか。
…であればこそ、兄が自分に求めていることは父には決して叶えられぬことであるはず。例えば、甘い言葉。
「…兄上。興は兄上にお逢いしたかった…。兄上も興のことを想ってくださいましたか」
 褥で囁かれる時のようなその声色に関平はぎょっとして弟の頬に添えていた手を引っ込めようとしたが、興はそれを許さなかった。
「こ、興…」
…兄が弟である自分に求めていること。兄上が、父上には求められぬこと。或いはそれは優しく色めいた仕種。
 関興は兄の手を掴み、その指にそっと口づけながら続けた。
「…ねぇ、兄上。今宵は夜明けまで私と共にいてくださるでしょう?」
「やめんか、こっ、こんな日も沈まぬうちから…」
 兄の叱咤は弱々しくその動揺が手に取るようにわかる。
…兄が、自分だけに求めていること。おそらく兄本人すらそれに気付いてはいまいが…。
…弟である自分が兄を征服し、蹂躙すること。
「構いませぬ。父上にだって今宵はご遠慮いただきます」
「え…?な、何を」
「興は待ち切れませぬ。早く兄上を味わいたい」
 あからさまな物言いに抵抗することもできず、関平は弟に手を引かれてその部屋に連れ込まれた。

…こんなはずでは。
 帯を抜かれ、唇を貪られながら関平は焦りを隠せない。
 興はいつでも兄である自分に従順とまではゆかなくとも歯向かったり我を通して困らせたりはしないはずだった。少なくともこれまではそうだった。しかしこの強引なやり口はどういうわけだ。父上にそっくりではないか。
 それもそのはず関興は関平とは違い嘘偽りなく関羽の実子であるのだが、実は興がいつになく自信に満ちた様子で兄を翻弄しているのには訳があった。
…よし、ここまでは教わった通りに上手くいっている。
 兄には余裕の表情を見せつつ内心では恐々としながら関興は兄の身体にのしかかる。今のところ兄は困惑しながらも口づけにも愛撫にも応えてくれてはいる。

『あんたの兄上は、自分が教えたはずでないことをあんたがすればきっと動揺する』

 何もかもを打ち明けて、尚且つ‘面白そうだ、力になろう’と言ってくれた女郎の言葉を思い出しながら、興は兄の身体を寝台に臥させ、兄のすべらかでまろい尻に手を掛けた。
「興?!何を…」
 性の全てを自分が手ほどきしたはずの弟が、教えてもいないことをし始めて関平は関興の思惑通りうろたえた。
「やめろ、興、そんなところ…!!」
 興は兄の、これから自分を受け入れる場所を熱心に舐めた。兄はいつも弟である自分への遠慮と羞恥からその場所にまともに触れさせてもくれない。最中は明かりも全て落とすことを好む兄に素直に従ってきたため、関興はこれまで何度も肌を合わせていながら兄の慎ましやかで淫らな蕾を目にしたことすら一度もなかった。
「…ひっ…」
 左右の親指でそこを広げながら尖らせた舌を中に差し込んでやると、兄が息を呑んだのがわかった。
 関平は掠れた声で喘ぎながら何度か制止の言葉を口にはしたが、ぬめる舌による擬似性行為と興の不精髭が内股から会陰をちくちく刺すことで生まれるほの暗い快感にたちまち呑み込まれてしまう。予想だにしなかった興の行動に、弟であるはずなのにまるで知らない男に犯されているようだ。
 兄の声が悦楽を纏い始めるのを聞いた関興は自分の猛るものを兄の後口に添え、じわりとねじ込んだ。
「あ、ああぁ…」
 身体が押し開かれる感覚に関平は顎を反らした。

『そんなにがっつくもんじゃないよ。女だってあんたの兄上だって、焦らされれば欲しがるに決まってる』

 関興は、絶妙にあたたかくうねる兄の最奥まで一息に押し入りたい気持ちを奥歯を噛み締めて堪えると、ごく浅いところだけで小刻みに腰を前後させた。
「あっ、や、ど、どうしてっ…興っ!」
 求めていた充足感が得られない切なさに、関平は四つ這いのまま敷布を掻きむしった。
「兄上、兄上…お願いです、どうか。どうか欲しいと、興を欲しいと言ってください」
 兄はそれでもなお強情に首を振る。
…まさかそんな、弟を求めてはしたなくねだるなど…。
 意地を張り口をつぐむ兄に、関興は埋め込んでいた己を引き抜いた。
「あぁっ、興っ、そんな…」
 あまりの切なさに関平は無意識に空腰を振り、涙目で弟を振り返る。
「そ、そのような可愛らしい顔をなさっても駄目です。私を愛していると、欲しいと、そうおっしゃってくださらなければ」
 関平は耐え切れず弟の太い首に縋り付き、腰をくねらせて「興、興…愛している。お前を愛しているから、頼む、ちゃんと入れてくれ…」とできる限りの早口で囁き返した。

 これが自分の望んでいた通りの兄の心からの哀願なのか、それとも男を骨抜きにする魔性の霊気を身につけた兄の手練手管の一部なのか。
 いかにひと月精進した関興であっても判断つき兼ねるところであった。しかしながら関興自身も張り詰めたものの限界を感じていたために、これ以上の問答は無用とした。
 兄の全ての表情を視界に収めたくて、正面から兄を抱く。今度こそいっぱいに埋め尽くされて、関平は満ち足りて吐息した。

『どうしても兄上の気をやらせたいだって?…そりゃあ果てる瞬間に口をきつく吸うてやりゃ誰でも意識は薄れるってもんだけどね…』

 さらにもう一つ、興には‘果てる瞬間の兄に気をやらせたい’という成就悲願の野望があったため、自分自身は快楽にのめり込まぬよう必死で己を律していた。おかげで兄が身体の悦びにのめり込む様全てを冷静に把握できる。こんなことは初めてだ。
…今日初めて私は褥で兄上に対して主導権を握れているのか。
 ただそれだけでも男としての確かな充実感を得られている。それに加えて兄の淫美な身体。快感のために歪んだ兄の顔。時折上がる切羽詰まった声。
…堪らぬ。
 いつぞや文字通りに手をとって教えられた、兄の奥の方の弱点を強く擦り上げてやると、兄は一際高い声で呻き、弟の下腹との間に挟まれた自身から熱を吐き出した。もちろんその瞬間だけをずっと待ち構えていた関興は時を逃さず兄の顎を捕え、強く噛み締めた歯列の間に自分の舌を割り込ませて兄のそれをきつくきつく吸い上げた。
「ふッ、う、ぐっ…」
 悶絶し、肩甲骨辺りを掻きむしってくる兄の抵抗をしばし無視してその口を深く吸い続けていると、やがて兄の腕は力を失い寝台にぱたりと音を立てて落ちた。突然ぐったり重たくなった兄の身体にさすがの関興も自分が仕組んだことながら一瞬肝が冷えたが、兄の胸が小さく上下しているのを見るにとりあえず大事はなさそうである。腹から胸の辺りにまで散った兄の白濁が兄自身の身体を汚している様子に関興は不意に視覚的な興奮を強く覚え、兄の中に入ったままであったものを抜き去ると自分で扱き、さらに兄の身体に白を纏わせた。

「…兄上…」
 興は平の隣に身を横たえ、さも貴いものに触れるかのようにその髪に触れた。
…敷布に散らばったこの黒髪の一本一本ですら愛しいと思っていることを、果たして兄はわかってくれているのだろうか。

 しかし、例え不利を承知で『貴方は私と父上と、どちらを選ばれるのですか』などと兄を問い詰めるような真似をしたところで、はっきりどちらを選ぶかなど兄には答えられないだろう。答えがとうに決まっていたとしても、だ。兄はそういう人なのだ。
…そして私は兄上のそんな性質に縋ったままでいるしかないのか。

 興には、父が何故自分を諜報にやったのか、わかっていた。
 何しろ自分にそっくりな、いや、自分がそっくりだと評される父である。外見もさることながら、気質や好みも似ていることは自分でもわかっているし気に入ったものを独占したいというその気持ち、納得はゆかずとも理解できないではない。
…しかし父上の好きなようにばかりはさせられぬ。何せそれではいずれ兄上を取り上げられてしまうではないか!
 関興は兄の汚れた肌をそっと手ぬぐいで拭ってやりながら、秀才と誉めそやされながらも己ではこれまで全く興味も自負もなかった頭脳を生まれて初めて最大限に回転させて考えた。
…何とか、何とかして父上のご機嫌を損ねずに父上と兄上を共有する方法はないものか。
 このような思考、当の兄に知れれば自分など即座にお払い箱だと宣告されかねないが、なんだかんだと言いながら父や弟である自分の我が儘に振り回されることに内心自虐的な悦びを覚えているらしい兄のことである。父と自分の間で合意に至ってしまえばもはや兄には流される他に道はないだろう。

 関興は決心を固めると兄の眠る寝台から抜け出し、父の部屋へと急いだ。