足ながおじさん ラプソディ・イン・ブルー
           えにしだふう様 ご投稿作品
 
 
 帰宅した後僕がずっと不自然に緊張していたことに、多分先生は気付いていたと思う。
 もちろん僕はいつも通りの時間にただいまって学校から帰ってきたし、夜勤明けでラフなシャツ姿の先生がお料理してる廖化さんの目を盗んでおかえりのチュウしてくれたのも別に珍しいことじゃない。
 ただいつもと違うのは廖化さんが帰ってから、僕が夕飯の後でテレビを見たり宿題をする代わりに急いでシャワーを浴びたこと。
 それから…

 それから、今先生の前で、緊張のあまりぷるぷる震える唇を叱咤しながらこんなお願いをしてること。
「…先生、僕…先生にお誕生日プレゼントあります。だから、だから、お風呂入ってきてくれませんか」
「…」
 先生は片眉を上げて僕の顔をしばらく見ていたけど、僕は恥ずかしくってとてもじゃないが先生と目を合わせられなかった。
「…そうか。オレの誕生日だったか?」
 今思い出したんですか、ってツッコむ余裕すらない。
 そう。
 今日、6月24日が関先生のお誕生日。廖化さんに確認したし、こないだ先生の免許証をこっそり見たから間違いない。
 ほっぺが熱い。
 手の平が湿る。
 だいたい妙に早くシャワーを済ませた僕が、こんな挙動不審で先生に風呂に入ってくれと言ってる時点で、そのプレゼントの内容だって何となくわかってしまうというものだ。が、あいにく平気な顔ができるほど僕はオトナじゃないし、オトナじゃない僕をこそ先生は気に入ってくれてる…はず。

「風呂に入って…、それからどうするんだ?」
 先生がニヤリと笑って意地悪く尋ねてきた。
「それから、ベッドに来てください!終わりっ」
 とにかくできるだけの早口で言って、恥ずかしさに耐え切れなくなった僕はすたこらさっさと逃げ出した。




 先生がお風呂に入ってる間に、僕は先生の書斎兼寝室に、先生の好きな焼酎とグラスを準備する。それから前もって買っておいたあじさい色のキャンドルを点した。先生が今入ってるお風呂にもいい香りの蒼いバスソルトを入れておいたから今頃「あいつめ」とか何とか言いながら色々想像してニヤニヤ楽しんでくれてるだろう。
 対して僕自身はこれから自分がしようとしてることを脳内シュミレーションして楽しむ気にはなれなかった。むしろ深く考えれば考えるほどなんでこんな馬鹿げたことを思い付いたのか、しかもなんでまたそれを実行に移そうとしてるのか自分で自分が信じられない。
 キャンドルのおぼつかない光の中で先生を待つ時間はなんだか息苦しくて、やたらと長く感じた。




「…ほう、これはなんだ?」
 先生はどう見てもヤル気満々の姿で…つまりバスタオル一枚を腰に巻いただけの姿で戻ってきた。
 先生のたくましい体はどこも大好きだけど、おへその周りからバスタオルの端までの数センチのすき間に覗く黒々とした体毛が強烈にセクシーで、僕は慌てて目を逸らした。
「『なんだ』ってつまりそのム、ムードです」
「ほう?」
 先生はおもしろそうに片頬を上げる。
「そ、そんなことより先生、ちゃんとパジャマ着てください」
「うん?なんだ人をその気にさせておいてどういうわけだ」
「だから、今日はお誕生日プレゼントだから特別なんです。いいから、早く」
 僕は思わずチラチラ先生のバスタオル辺りを盗み見ちゃう自分の浅ましさに内心呆れながら先生にパジャマを押し付けたが、先生は「いや、それは要らん」とパジャマを放るとバスローブを出して羽織った。
 ああ、先生。バスローブ姿もすっごく男らしくて素敵…ってイヤイヤ見とれてる場合じゃない。
 僕は先生の手を引いて椅子に座らせてから、お酒をすすめた。
「…いいですか、先生。今日は特別なんだから、先生はそこでお酒飲んで見ててくださいね」
「む?なんなんだ一体」
「いいから!先生は絶対その椅子から動いちゃダメですよ。…ただ見ててくれたらいいんです」
 僕はそう言いながら先生から離れてベッドに上がって。
 そして、始めた。




「…」
 もちろん部屋の電気は点けていない。だから明かりは先生のデスクの上の、キャンドルだけ。見ててとは言ったけど、多分見えるか見えないかのぎりぎりの明るさだろう。
 でも、それでいい。
 だからこそ、こんな恥ずかしいことができる。
 僕は自分のパジャマのボタンを上から一つずつ外して、自分で自分の体をゆっくり撫で回した。
…今、僕の体を触ってるこれは、この手は、先生の手。
 自分で自分にそう言い聞かせて。
「…はぁっ…」
 パジャマの前を全部開けて、でも袖は抜かないまま自分の胸の小さな突起を自分で摘む。
 なにしろ恥ずかしくってしょうがないけど、最初はただ面白半分で言われた通り眺めてただけの先生が今は獲物を狙う虎みたいに僕を見つめてるのがわかる。僕は先生の食らいつくような視線に興奮した。
「んんっ…」
 片方の手で胸を摘んだり緩く転がしたりしながら、もう片方の手をゆっくりパジャマのズボンの中に差し入れる。
「…あっ…」
 そこに指が触れた瞬間には、思わず声が出た。
 自分でこんなことしておきながら馬鹿げてると思うが、僕の頭の中ではひたすら「先生に見られてる」ってことだけが麻薬みたいにぐるぐる回ってて、見られている事実に、見られて興奮してる自分に、酔った。
 ベッドの上で先生の方を向いてぺたんと座ったまま、ズボンの中に突っ込んだ手を動かしている僕に先生が話しかけてきた。
「服は全部脱がんのか」
「や、ダメ…先生話しかけないで」
「お前の言ったとおりじっとしてるんだからしゃべるくらい構わんだろ。お前、オレがいない日は毎晩こうやって一人で楽しんでるのか」
「違う…こんなことしません、ア、今日だけっ」
 先生は満足そうにニタリと笑って、低い声で僕に命令した。
「平。脱げ」
「う、ああ…」
 僕はもうその深い声だけでさらに頭に血が上っちゃって言われるまま体に纏わり付く邪魔な布の塊から抜け出す。
「背中の下にクッション入れておけ」
「よく見えるように足を開けよ」
 次々指示する先生に言われる通りに従う僕。
「…先生、は、恥ずかしいよ…」
 恥ずかしいのに、なのにもっと恥ずかしくなりたい。
 恥ずかしいことしてる僕に、「やらしいイイ子だ」って言って欲しい。

「先生…」
 縋るような僕の声に、だけど先生は決定的な一打になるその一言をなかなか与えてはくれなかった。仕方なく僕は勃ち上がった自分のものに指を沿わせて、動かす。ぬるぬるが纏わり付いた指の腹で、擦る。
「あっ、あっ、はぁっ…」
 声が出ちゃうし、膝頭がぴくぴく跳ねる。それでもまだ先生がいつも与えてくれるような快感には全然足りなくて、僕は体をよじり腰を浮かせて自分の後ろを探った。

 ああ、僕はほんとにどうしちゃったんだろう。
 先生にこんなエッチな姿見せちゃってしかもそれで興奮しちゃって。
 もう何かが狂ってる。
 きっとそうなんだ。

 だけどここまできて、あってないような理性と羞恥が邪魔をしてお尻のその部分まで辿り着いた指先を中にまでは入れられなかった。

 先生がしばらくぶりに口を開いた。
「…平。お前、そうやって入り口くすぐってるだけで満足なのか?」
「…」
 僕は涙目で先生を見て、小さく首を振った。
「ゆっくりだ。ゆっくり、入れてみろ」
 僕は頷いて、中指の先に力を入れて体の中に少しずつ少しずつうずめていった。
「やっ、やっ…んぅ…」
「そうだ。ゆっくり、体の力を抜けよ」
「あっ、は、入っ…」
 自分で自分の指を入れてんのに。
 いつもは間違いなくもっとおっきい先生を受け入れられてるはずなのに、かちかちに緊張した体は痛みと痛みじゃないものでジンジン熱い。
「せ、先生…」
「どうだ。お前の中は熱くて狭いだろう」
 僕はただ、はあはあ喘いでいた。
 どうしよう。
 自分の指先をめちゃめちゃ感じちゃう。
 そして、こんなに感じてんのにもっともっと、と求めてくる自分の体に、欲求に抗えない。
 自分の後ろに突っ込んだ指先をくちくちと動かしながら前をいじって「先生、先生」と目の前の大好きなひとを呼びながら、僕はイッた。




「よく頑張ったな、イイ子だ」
 ぐったりぼうっとしたままの僕に先生がのしかかってきて、耳元でそう囁いた。
 先生のキスは一瞬お酒の匂いがした。
 蕩けた身体は素直に先生を受け入れて、悦んできゅうきゅう締め付けた。
「あぁあ…」
「いいのか。平、さっきみたいに一人でするのとどちらがいい」
 せんせのばかばか。そんなの決まってる。
「せ、んせがいい…!」
 先生はもう一度「イイ子だ」と言って僕の首筋に吸い付いた。だけど僕の中ではもうそんなもどかしい刺激なんかじゃどうにもできない衝動が渦巻いてて、切なくて苦しくて僕は。
 先生の体に脚を絡めて自分も無我夢中で腰を振って、頭の中が真っ白になって何にも考えられないくらい眩しい快感に、僕は荒波の上の小舟みたいにぐちゃぐちゃになった。






「…お前のプレゼント、なかなかよかったぞ」
 僕は眠りかけてたから、返事はできなかった。
 だけどたとえ起きてたとしても多分うまい言葉なんて見つからなくてただ赤くなって黙ってたと思う。
「できれば誕生日と言わずたびたびやってもらいたいもんだな」
 それはちょっとどうだろうか、と思ったところで僕の今年の6月24日の記憶はおしまい。