足ながおじさん 仮眠室の真実
           えにしだふう様 ご投稿作品
 
 
 ガサリと手に持っていた紙袋が落ちた。中身は先生にと作ってきたお弁当だけど、それより今は先生に食べられてしまいたい。仮眠室に引きずり込まれ苦しいほど抱きしめられて、関先生が僕に覆いかぶさってきた。何度も深くくちづけられると、まだキスに慣れない僕はその度にハフハフおかしな声が息に混じる。でももうそんなことどうだって構わない。抱きついた先生の身体は熱くって僕の肺の中は先生の匂いで満タンだ。
「先生…」
 キスの度に思考が停滞していく。先生は僕の手を引いて仮眠室の奥にあるベッドに座らせた。それほど大きくないベッドなのに脱ぎ捨てられた白衣や回診用の鞄が乗っかっていて、周りの棚には所狭しと医学書やら古いカルテが積まれている。ベッドは僕の体が上がっただけでギシギシ音がして、隣の造りのやわな本棚に立ててあった本が一冊倒れた。先生はそこらにあった物を少々乱雑に脇に除けると、僕の上にのしかかり僕をベッドに縫い留めた。
 シャツのボタンを外して先生はどんどん僕の肌をあらわにしていく。空気に触れる間もなく、どこもかしこもまず一番に先生の唇が触れる。僕はそれを息を殺して見つめる。
 …先生が、僕を愛してくれてる。
 裸にされる恥ずかしさよりも、そのことに歓喜して全身の細胞がざわめく。
 いつぞやと同じように先生が僕の鼓動の源にチュウ、とくちづけた。
「ん、ああ…」
 手術跡の皮膚の薄いところは先生の吐息が当たるだけでぴくぴく痙攣して、まるで先生にもっともっとと求めているみたいだ。僕の体の右側は先生の大きな左手がくまなく撫で回して、僕の中でじわじわ何かが変になってきていることがわかる。と、先生の手が僕の胸の尖りで止まった。今まで存在すらほとんど意識することがなかったそこが、先生の手が触れた瞬間目覚める。
「…あっ、は、あぁ…」
 びりびりして、むずむずして、我慢できなくて僕は目をぎゅっとつむった。それでも僕の中で次々に生まれる初めての感覚に思わず声が出てしまう。
「んんっ…っくぅ…」
 甘える仔犬みたいな変な声。先生に聞かれたくない、と思った。僕は急いで自分の口に手の甲を押し付けた。先生はそれを見て、僕の口元から手を退けさせると自分の唇を近づける。
 …ああ、そうか、先生にキスしてればいいのか。
 僕がたどたどしく何度か先生の唇に吸い付く間も先生の手は止まらなくて、唇が塞がっていたから声はくぐもって零れた。

「…平」
 ずっと黙っていた先生が言った。
「…お前にはかわいそうだが時間があまりない。十分には解してやれないがそれでもいいのか」
 先生の声も話し方もいつもの余裕たっぷりの先生じゃなくって、先生も欲情してるんだとわかって僕はますます興奮した。
「どういうこと…?」
「痛みが酷いかもしれんが、いいのか」
 僕が痛いのはイヤだと言えば先生はここでやめてしまうのだ。そんなの我慢出来っこない。だって僕は今すぐここで先生のものになりたいのに。
 僕は先生に思いっきり抱きついて言った。
「いい、痛くても。早く先生のホントのヨメになりたい」
 先生は少し笑って「…家に帰ったらたっぷり可愛がってやるから、今だけ堪えろ」と言った。
 ジーンズもトランクスも先生に脱がされる前からしっとり汗ばんでいて、しかもトランクスに染みていたのは汗だけじゃなくて恥ずかしかった。でも先生はそのことで笑ったりはせず、早々と起き上がった僕の一番敏感な場所を右手で緩く握った。それだけで喚きだしたいぐらい、びりりとくる。
「んんっ…」
 先生の左手はまだ胸のところにあって。両方が刺激に対して過敏になりすぎていて、困った。
「あん…ん、ふうンっ…」
 先生の両手の別々の動きに僕は翻弄される。首を振っても先生は許してくれなかった。何もかもどうでもよくなってしまうぐらいの快感に、僕は呆気なく先生の手を濡らした。
 肩で荒く息をしていると先生は頬を緩めて「いいコだ」と言った。それがどれほどやらしい意味だとしても先生に褒められたことに心の底から喜んでしまう僕。僕の心は先生の虜だから。心だけじゃなくて体も、命も、全部全部。
 先生は僕の膝を開かせると、濡れたままの手を脚の間からずっと奥へ差し込んだ。
 頭ではわかってるつもりだし、正真正銘今ここで先生に抱かれたいと望んでるはずなのに、僕の身体は僕の意識に反抗的だ。先生の手を避けようとするし、勝手に硬直する。助けを求めて見上げた先生の緑の手術衣に、さっき僕の体から出た白い飛沫がついてるのを見つけてしまってひどく興奮した。
「…そうだ、このまま力を抜いていろ」
 違うんです先生、もう頭に血が上ってわけがわからなくって力が入らないんです。
「平、痛むか」
 僕は大丈夫、と言ったつもりだったけど声は喉に詰まって音にならなかった。ほんのちょっぴり、指先だけが身体の中に入ってるだけだってわかってるくせに僕のお尻は大袈裟に強張る。
 先生は所々汗の跡が残る手術衣を全部脱ぎ捨て、ベッドの上にあった回診鞄から何かの容器を取り出すと中身を指で掬った。
「…お薬…?」
「ワセリンだ。少しでもお前がきつくないようにな」
 ワセリンと聞いてもまだピンと来なかった鈍い僕に、先生は半透明のそれを「ホラ」と見せてくれた。くんくん匂いを嗅ぐ。先生は笑った。
「お前は何でもまず匂いを嗅ぐな」
 …そうだろうか。
 僕は世の中の全ての匂いの中で今のところ先生の匂いが一番好きだ。と言ってもこの先ランキングが変わることはなさそうだけど。残念ながら、先生の指先が再び僕の中に差し込まれたのでいい匂いに関する思考はここで中断。
「…っうう…」
 さっきよりもずっと深く遠慮なく指先はぐいぐい押し入ってきて、たまらず僕は呻いた。先生はすかさず「力を抜かんと括約筋が切れて一生垂れ流しになるぞ」と恐ろしいことをのたまった。「まあ、そうなったらなったで俺が一生面倒見てやるがな」とも。僕は戦慄した。それはイヤだ。絶対イヤだ。僕が先生の面倒見てあげるならともかく。
「…うぅ…、そんなのやだぁ…」
 とは言っても、人間の体なんて力を入れるのは簡単でも抜くのは難しいものだ。一旦リキみだしたものはなかなかさっきのようにダラリと出来ない。しょうがないなと言わんばかりに先生は僕の中に突っ込んだ指はそのままに反対の手を嚢に添え、痛みにしおれたものを口に含んだ。
「ああぁッ!ダメダメやめてぇ…」
 痛みと快感とがぐちゃぐちゃになって僕をあぶる。身じろぎした瞬間に体の中で動き回る先生の指先の当たった場所が尋常じゃない感覚を生んだ。叫ぶことさえ忘れてヒッ、と息を呑む。すかさず先生は意図的に同じ場所を強く弱く突き、先生が突いた数と同じだけ僕の腿の内側は痙攣した。
「大丈夫だ、平。恐くない」
 先生が子供に言い聞かせるように優しく囁いた。
 その言葉で僕は突然思い出した。僕の手術の日、そう、先生に命の続きをもらった日。先生は同じように僕に囁いたんだ。「大丈夫、平。恐くない」って。その時すでに天涯孤独だった僕には手術室前で声を掛けてくれる人なんてなくて、麻酔が効きかけで朦朧とした僕にとってこの魔法の言葉がどれほど心強かったことか。
「…あぁ…」
 深いため息と共に吐き出した声は仮眠室の濃密な暗闇に散った。
 そっと指が離れて、ほんのり熱を持ってさらに感じやすくなったそこに指じゃないものが、にゅるり、触れた。
 …大丈夫、先生。僕は今さらイヤだとかやめてとか言いません。
「…平」
 呼び掛けるその一言のうちに‘愛してる’がたっぷり入ってること、僕は知ってます。だから、早く。

「…っ…あ、アアァっ!!」
 どんなに受け入れるつもりではいても、あまりの痛みにやっぱり狼狽した。先生はシーツを力いっぱい握り締めた僕の手を自分の背中に回させた。
「ふうぅッ、くっ、…」
 力を入れまいと思ってもうまくいかなかった。必死でしがみついた先生の額に汗が浮かびその眉も苦し気に歪められているのを見て、僕は浅い呼吸を繰り返しながらそれでも言わなくちゃいけないと思った。
 先生に、ちゃんと伝えなきゃ。
「せ…先生、好き、大好き」
 先生は僕の目を見てひとつ頷くと僕と先生が繋がっているところをぐるりとなぞった。
「ふぁっ…!」
 予想外のことで、ゾクリと力が抜けた。
 先生がゆっくり動き出した。多少力が抜けたとは言っても痛みはなかなか引かない。それどころか内臓を掻き回されるような感覚に打ちのめされる。気持ちいいのか悪いのか、全くわからない。先生がぐっと腰を進める度に僕は声を上げた。声、出したくて出してる訳じゃないのに。
 この期に及んで僕はこの仮眠室のドアに鍵がなかったことが気掛かりでならなかった。どうしても出てしまう声に、ギシギシが止まらないベッドに、誰かが不審に思って入って来ちゃったら!!
 気になり出したらもう止まらない。お尻にもついキュッと力が入ってしまう。
「…ぐ…」
 先生が低く呻いた。
 自分から今ここで抱いて欲しいと望んでおいて先生には申し訳ないとは思うけど、痛みとか快感以前に外が気になって気になって。
 ついに軋むベッドの隣に山積みになってた本やらカルテがバサバサ、と崩れた。
「はうぅッ!」
 驚いて身を竦めたら、僕の中にいる先生の形をまざまざと感じて気がおかしくなりそうになった。
「平、何を考えている?」
 先生が呆れたように言った。
「音が気になるのか?大丈夫だ、誰も来やしない」
「だ、だって…」
 先生は僕の言い訳は聞きもしないで、「何も考えられないようにしてやる」と宣言した。
「あっ、あっ、やっ」
 俄かに律動が烈しさを増した。ベッドの軋みはますますひどくなり、先生の宣言通り僕はもはや自分の悲鳴にもベッドの音にも気が回らなくなる。先生の分厚い体と病院独特の真っ白いシーツの間で散々揉みくちゃになって、熱いものをおなかの中に感じた時には僕はもう息も絶え絶えだった。
 先生は律儀にというかご丁寧に、もう一度中途半端に立ち上がったままの僕のものを口に含んで最後までしてくれたけど、よほど途中でもう結構ですと言いたいぐらいへとへとになっていた僕は羞恥心さえどこかに置き忘れて、されるがままに先生の口の中に二度めの精を放った。

い つの間に眠ってしまったのかわからない浅い睡眠は、いつの間に目が覚めたのかわからないぐらい緩く終わった。
 真っ暗な部屋。ぽつんと点けられた卓上スタンドの光が眩しい。
 先生は机に向かって何かを書いていた。僕はその背中に呼びかける。
「…先生…」
「ん、目が覚めたか」
「はい。あの…僕、どれくらい寝てた?」
 それほど時間は経ってない、と言うと先生は机から顔を上げて軽く伸びをした。
「オレがシャワー浴びて回診に行って帰ってくるぐらいだな。おう、そうだ。平、お前の弁当美味かったぞ」
 僕が寝ほうけてた間先生はお仕事の続きがあったのだ。先生はそれほど時間は経ってないと言ってくれたけど、実際はもう最終のバスも終わってしまってるぐらいの時刻なのだろう。
「先生、僕、わがまま言ってごめんなさい…」
 先生はニヤリといつものように笑うとなあに、と言った。
「まさかここでお前を抱いてやることになるとはな」
「うう…」
 自分から言い出したことながらそのことについて先生に指摘されるのはあまりに恥ずかしかった。
「覚悟とやらはどうしたんだ。たった二日でどういう心境の変化だ?」
「う、だって…あの、その…先生の、手術衣が」
「ん?」
「汗、汗の跡で、えっと…は、肌が」
 うまく言えそうにはない。
「なになに?何のことだ?」
 わからないのも無理はない。僕だって自分が何言ってるのかわけがわからない。
「…もういいです!!」
シーツを頭から被った。
 先生が近寄ってきてシーツを引きはがす。
「最後まで言ってみろ」
「…先生の、手術衣が、汗で色が変わってて」
「それがどうした?」
 …もう。本当に先生はわかってないのだろうか?手術衣から覗く先生の汗ばんだ胸板がどれほどイヤラシくって人をドキドキさせるかを。だとしたら大変だ。始終こんなフェロモンを撒き散らして、看護婦さんやら患者さんたちが惚れてしまわないとも限らない。ヨメとしてこれは見過ごせない大問題だ。
 しかしヨメとしてはここは一つビシッと言っておかなくてはと思い直し、僕は訴えた。
「…先生。それってすっっごくエッチに見えるんだから気をつけてくださいね!」
「気をつける?何に気をつけるんだ」
「だ、だからみんなが先生のこと好きになっちゃったら困るでしょ」
 先生は大笑いした。僕は真面目に心配してるのに!
「大丈夫だ。大体俺の汗なんか見て欲情するのはお前ぐらいだろ」
「…」
 釈然としない。
「それより平、お前の方こそ危ない。俺のもんだって印点けておかなきゃな」
 そうして鎖骨のあたりに吸い付かれた。
「んんっ…」
 よくわからないけど、脳がぴりぴり痺れる。先生のキスは相当魔力が強いらしい。でも先生が僕を捕まえておきたいと思ってくれてることがたまらなくしあわせで、僕はフゥ、とキモチイイため息をついた。
「…そういう無防備な顔するのも俺の前だけにしろよ」
 何度も頷いた。ずっとずっと先生の独占欲に溺れていたい。僕は嬉しくてくすくす笑いが止まらなかった。ヨメって、ほんっっとにいいもんだ。お尻は痛いけど。
 そこで僕はあれ、と気付く。体がベタベタしていない。
「…」
 そっとシーツをめくって自分の体を点検してみても、覚えがあるものやらないものやら先生が点けたキスマークはあちこちにあるけど汗や汚れはなさそうだ。
「…先生、僕の身体きれいにしてくれたんですか?」
「ん?ああ」
 …どうしよう。なんかすごい感動。胸にでっかいものが詰まったみたいに苦しくてたまらない。
「…平、どうした。どこか痛むのか?」
 先生がぼやけた視界の向こうから心配そうに僕を見つめている。
 僕は先生に何をお返しできるのだろう?
 先生の、このおっきな愛情に。

 きっと僕は一生をかけてこの人の大きな背中を追う。いや、一生どころじゃない。例え何度生まれ変わっても。関羽 雲長を父として、恋人として、ひとりのひととして。

 関先生の広い背中に腕を回して僕は先生に誓った。
「…先生、ずっとずっと先生のそばにいさせてくださいね」
 先生は静かに僕をぎゅ、と抱きしめ返した。