足ながおじさん ルージュの伝言 |
えにしだ |
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また、興が遊びに来た。 今度はお母さんとケンカして飛び出して来たわけじゃなかったし先生や廖化さんにもまずメールを送ってからやってきたから別にいいんだけど、先生には夏休みの終わりに興が来たことは言ってなかったから、初対面なはずの僕たちの仲が良すぎると不審なんじゃないかと思って僕はヒヤヒヤした。興はお構いなしに懐いてくる。 「…平のことを気に入ったようだな」 先生は興が僕に纏わり付くのをわりと好ましく眺めているらしい。 「…気に入ってくれたみたいですね」 気に入るだとか気に入らないだとか、まるで後妻さんが義理の息子に気を使う心境だ。…実際それに極めて近い状況なんだけど。とにかく興が僕を気に入ってくれてることは間違いないみたいだけど、どういう種類の気に入り方かを先生には知られない方がよい気がして僕も無難な返事を返した。 興はわざわざ家からゲーム機を本体ごと持って来ていた。携帯用じゃなくて黒い縦型の最新のヤツ。僕はCMでしか見たことない。コレを入れるためにあんな修学旅行みたいなでかいバッグで来たのか…。 「な、アニキ、一緒に遊ぼう」 いっつも索しか遊ぶ相手がいないからさ、とウキウキ準備をする興に僕は申し訳ない気持ちで言った。 「でも…僕テレビゲームしたことないんだけど」 「大丈夫大丈夫!オレ教えたげる」 興が持ってきたソフトは歴史上の人物の一人を操ってなんだかやたらといっぱい敵が出てくるステージを暴れ回るゲーム。こんな激しそうなアクションゲーム僕にできるのか?と思ったけど、興があんまり嬉しそうに教えてくれるもんで断ることもできず。意外にも何度か練習させてもらっただけで、派手な武器を振り回す武将をそこそこ上手く操れるようになった。結構才能あるのかもしれない。ゲームの才能なのか戦の才能なのかわかんないけど。最後には一度だけだったけど興に勝っちゃった。興はすごく悔しがったけど、小学生だという弟の索くんにも負けることがあるらしいから、興って気性は激しいけど実はあんまり勝負事とかには向いてないのかも、なんて思ったりした。夢中で遊んでるうちに気付けばあっという間に夕飯時だ。 「うわ、もうこんな時間?興、帰らなくていいの?」 「いーのいーの、オレ今日ここに泊まるから」 「ええ?!」 「おふくろにもちゃんと親父ん家に泊まるって言ってきたもん」 「で、でも」 「アニキの布団で一緒に寝る。いいよな?」 「そりゃいいけど…」 いいけど僕の部屋のベッドはあってないようなもんでそれは毎晩僕が先生のベッドで寝てるからであって。ぶっちゃけ先生と僕がそういう関係だからだけど、実は先生がいない晩でも自分の部屋で寝たことはない。 それに、お仕事で夜勤やら出張が多い先生と僕の間には、先生がお仕事休みの夜はイイコトいっぱいする、という暗黙のルールができていた。先生は明日からまた海外出張なのだ。 …なんだかな。 複雑だったけど、ずっと欲しかった兄弟がやっとできて、しかも興が僕をこんなに慕ってくれてるのが嬉しい気持ちも本当だ。 …仕方ないか。先生もわかってくれるよね。 僕は無理矢理自分を納得させると、興にはにこやかに頷いてやった。 廖化さんの作ってくれた晩御飯を先生と興と三人で食べる。興の学校の話を聞いてやるのはテレビを見るよりよっぽど楽しかった。 食事が終わると、先生は言った。 「興、平に勉強でも見てもらえ。こう見えても優秀だぞ、こいつは」 先生に『優秀』と言ってもらえたことに僕は浮かれた。 「ゆ、優秀だなんて、そんな…」 「マジ?!オレ数学超苦手なんだよな…」 宿題だという数学のプリントの問題を解きながら興が言う。 「…ね、なんでアニキは親父のこと『先生』って呼んでんの?」 「え?だからそれは僕が中学ん時に」 「じゃなくてさ、なんで今でも『父さん』とか言わないで『先生』のまんまなのかってこと」 …それはね興くん。君のパパと僕がデキちゃってるからなんだよ! なんて言えるワケがない。だけど一瞬でも先生に抱かれながら父さん、て呼ぶ自分を想像しちゃって、そのとんでもない背徳感に激しく動悸がした。 「そっ…それは、だって」 「なーに赤くなってんの?ま、今さら呼び方変えられないってヤツだよな〜」 「そ、そうそう!そうなんだよ」 「ま、どっちでもいいんだけどさ」 …興があまり小さいことに頓着しない性質で助かる。 「ほら、あの、宿題終わったんならお風呂入ってくれば?」 僕は興を体よく風呂に追いやってしまうことにした。 …今のはちょい不自然だったかな? 興と入れ代わりで入った風呂から上がってきたら、ゴロリと僕のベッドに寝転んだ興の足の爪が見えて、僕はその色に仰天し思わず大きな声を出した。 「興?!お前その爪、爪…!それ、ま、マニキュアってヤツ…?」 興の足の爪は全部赤くツヤツヤに塗り上げられていた。水商売の女の人みたいな真っ赤に。 「あーコレ?マニキュアじゃなくて足に塗るのはペディキュアってゆーんだってさ。なんかカノジョが塗ってやるって言うからさぁ…。そーいや、あいつがくれたヤツ今持ってるからアニキにも塗ってやろうか?」 「か、か、カノジョ…」 「カノジョって言うか…向こうが告ってきたから何となく付き合ってるだけだし。って言うかアニキそんなドン引きすることないじゃん。アニキだって付き合ってるヤツぐらい、いないの?」 …うん、僕のダーリンはとっても素敵なヒゲのおじ様で、君さえいなけりゃ今夜も二人でアンアンギシギシ頑張っちゃう予定だったんだよ!ってそれ君のパパのことだけどね!! ああ。僕は頭がおかしくなってきたらしい。 「だ、だって僕は9月になってから転入したばっかりだしさ」 我ながら苦しい言い訳だ。 「ふーん?…でもさぁオレ、ホントはカノジョと遊ぶ時よりアニキと一緒にいる時の方が楽しいんだ、マジで」 「え?」 「だからあいつと別れてアニキに代わりに毎日デートしてもらおっかな」 「えぇっ?!」 とりあえずいつでも都合がつく限り遊んでやるから軽々しく女の子を振るなとは言ってやったが。 …全く。今どきのコって!! なんだか腹が立ってぷりぷり怒ってても興にはちっとも伝わりゃしない。諦めた僕は普段使っていない自分の部屋のベッドに興と二人潜り込み、早々に寝てしまうことにした。えーもう寝るの、とかまだアニキとしゃべりたいとかブチブチ文句を垂れながらも気付けばいつしか隣の興からは寝息が聞こえてきて。 …先生に、会いたい。 僕は興を起こさないようにこっそりベッドを抜け出した。 「…先生、まだお仕事終わらないですか」 「ん?平、どうした。眠れないのか」 「…」 だって、僕が眠る場所は先生の隣だって決めてくれたのは先生じゃないですか。 「どうした?」 ふと興が言ってたことを思い出した。 …先生、本当は僕に『お父さん』て呼んでほしいの? 「…お父さん」 デスクに向かっている先生に後ろから抱きついて耳元でそう囁いたら、直ぐさま先生はぎょっとした顔で振り向いた。 「一体どうしたんだ」 「だって…嫌、でした?」 「嫌じゃあないが…驚いたな。まさか、もう俺とセックスしたくないって意味じゃないよな?」 ぐはっ!なんでそんなことに??って言うか先生言葉が直球すぎます。 「違います!先生とし、し、したくないなんて思ったこと一度もナイ…」 「なら一体どういう風の吹き回しだ?」 「だって興が…なんでいつまでも『先生』って呼んでるのかって聞くから」 くくく、と先生は小さく笑った。 「なるほどな。…で、平。お前は俺のことを何だと思ってるんだ」 先生の首に回した腕をグイと引かれて、僕はふらりと先生の上に倒れ込みそうになる。 「先生は僕の…」 先生がしゃべろうとする僕の唇周りをちゅっちゅっと啄んで邪魔してくるから僕はおひげのくすぐったさに堪えきれずに笑った。 「ふふっ…先生は僕の、大事な人です」 「イイ子だ」 そしたらちょっと乱暴に無理矢理ベッドに引き倒された。きゃあ、なんてわざとらしく悲鳴をあげてみる。 先生のニヤリとした顔がたまらない。ドキドキして、ゾクゾクしちゃう。 僕は先生の手を取ってその指先を口に含んだ。 先生の左手は手術の時に使う糸で出来た傷のような跡があって、僕は皮膚の硬くなっているその傷跡周りを何度も甘噛みする。 「…こんなことどこで覚えて来たんだ。また趙雲か?」 「もうっ、そうやって何でも趙先生って言うのやめてくださいよ」 「あれは出来る奴だが油断ならん男だからな」 「…僕が、先生にちゅうしたいと思ったからするんです」 頬が熱い。恥ずかしくって、身体まで熱い。 先生が僕の身体の真ん中の、一番発火しそうになってるとこを撫でた。 「んんっ…」 先生に僕の身体を委ねるのはすっごく気持ちいい。自分じゃあんまり気に入ってない頼りないひょろい腕も肌が白すぎるお腹も内股の変な場所にあるほくろも、先生のキス一つで僕の大事な場所になる。 最中の恥ずかしさは相変わらずだったけど快感だけは最初の頃とじゃ大違いだ。 「あぁ、ああんっ…!」 根元まで差し込んだまま先生が押し付けた腰をぐるり、回してきた。密着したその部分から粘っこい水音が聞こえた。 「…腰を回されるのが好きなのか」 例えその通りだとしても恥ずかしくて好きだなんてとても口にはできない。だいたい先生がエッチしてる最中に尋ねてくることなんて、僕には答えられないエロいことばっかりだ。 「いじわる…」 クックッ、と低く笑われてますます恥ずかしさが募る。 そういえば同じ屋根の下で興が寝ているのだ。 重大な事実を思い出した僕は先生に突き上げられる度に洩れ出してしまう声を抑えようと虚しく奮闘した。 「うっ、ふっ、ううっ…」 「なんだ、どうした。今日は声を出さんのか」 返事なんてできなくて首を振ったらおでこの汗がピンピン飛び散った。 先生はなおも意地悪く僕の弱いところをぐいぐい強烈に押し上げてくる。 「やだ、やだ、あっ、あぁ…」 何もかもが真っ白になった。 朝、目が覚めたら、それはもうとても朝とは呼べない時間帯だった。 「なんでみんな起こしてくれないんだ…!」 八つ当たりしながらぺたぺたダイニングに行っても先生も、興もいない。 机の上には興の字で書き置きがあった。 『オヤジは出張に行っちゃった。しょーがねぇからアニキのかわりにいってらっしゃいしといてやったよ! 早起きしすぎてヒマなんで帰ります 興』 「…」 多分興は普段もっと夜更かししてるのだろう。昨日みたいに、あんな早くに寝ればいつもより早く目が覚めるのは当然といえば当然だが。 …だからって黙って帰らないで一言ぐらい声掛けてくれたっていいのに。 それに黙って出張に行っちゃう先生も先生だ。 僕は(寝坊した自分のことは棚に上げて)ムッとしながらテレビをつけ、まるで先生みたいにソファに踏ん反り返り、半分だけ剥いたバナナの頭をかじって、そこで気付いた。 「…ギャーッ!!」 僕の足の爪は、十本とも真っ赤っ赤だった。 『馬鹿っ!興!!どーすんだよコレ、洗っても取れないじゃん…』 半泣きで興のケータイに電話したらあいつ電話の向こうで大笑いしやがった。 そんなことより大変なのは、後で気付いたんだけど、興のヤツ、まさか僕と先生が素っ裸でくっついて寝てるとこに入ってきてこっそりコレを塗ってったのか?!電話ではそのことは何も言ってなかったけど… すっごいすっごい嫌な予感。っていうかむしろもうほぼ確実だ…。 真紅のペディキュアはコンビニのマニキュア落としですっかり取れたけど、僕の心にのしかかるこの重苦しさだけはちっとも取れなかった。 |