ほんの出来心
           宝山万秋 投稿作品
 
 
「暇だな」
 退屈し切って父が言うので、話相手かたがた侍していた関平は慌てて威儀を正し恐縮した。
「お前では、碁の相手は務まらぬしな」
「も、申し訳ございませぬ!」
 責めるつもりなどは毛頭なかったところへ息子が平伏せんばかりにわびるので、いささかかみあわず関羽は鼻白んだ。
「拙者でお役に立つことございますれば、どうかお申しつけ下さい!」
「そうよな。しかし、お前になにができる」
「それが、なにとおっしゃられましても、拙者、不調法にて。ですが、お命じいただければなんなりとこれから精進いたします! 父上!」
「まあ、そう気張って申すほどのことでもない」
 この息子がいつもやる気に満ちて一生懸命なのはほほえましく、悪いとは言わないが、一向に冗談が通じないのがどうにも困ったところだ。多少の『遊び』があってもよかろうと、父として人生の先達として関羽は思う。
「なんなりとか。では、」
 そんな大人の男を自任する関羽は、親心半分・冗談半分で企んで息子を手招きし、どっと押し倒した。
「こういったのはどうだ」
「ちっ、父上ッ!」
「なんなりとするのであろう。うん? そう申したな」
「ですが、拙者、あの、心の! 心の準備が!」
 慌てふためく関平を尻目に、父はほどほど困らせてやったところであっさり引いた。
「冗談だ」
「は。冗談、なのですか」
 一転して落胆した調子で、ちんまり正座して関平が言う。
「…。突然で動転してしまったのです。拙者かねてより、心待ちにしておりましたのに」
「なに」
「義子とはそうしたお相手もいたすものではございませんのか。田舎の父より、その点もよくお仕えせよと申しつかっております」
 彼の実父である関定氏はそう言えば、片田舎の三老にしては随分と闊達でさばけたところのある人物だったと思い返す。
「いっそ、此父とお呼びいたしますか?」
「やめんか」
 そうした関係にある相手を、しゃれて此父とか此兄とか呼ぶ習慣もあるが、残念ながらそう呼んでいただいても関羽はぞっとしなかった。
「おわびのしようもございませぬ。せっかくの父上の興をそいでしまい申した」
 うなだれて言う。
「大げさな。お前はなにかにつけて思い込みが激し過ぎるのだ」
 俗に一途とか称される類の性質なのではあるが、長所として評価できる境界を越えている。自重せよとそうたしなめはするが、
──ふん、しかし、
 関羽は改めて息子をまじまじと観察した。無骨な顔立ちだが、そう思って見ればそこそこ愛嬌もあり、その気を起こすのはさして難しくなさそうだ。
 値踏む父の無遠慮な視線に当てられて関平の頬がみるみるうちに初々しく高潮すればそれは尚更だった。
──考えてみれば、
「悪くない」
 心のうちが、そのつもりはなかったのだがぽろりと口から出てしまった。それを聞いた息子が胸を高鳴らせて先を待つのを関羽は視線の先に認めた。
 上目づかいに見つめられて、血流が熱く打つのを感じた関羽は、息子の首を腕で巻き込んで引き寄せ、その口をふさいだ。
「うむ」
 拍子抜けするほどに、違和感がない。
 笑い飛ばして終わらせるはずだったのだがどうもこれは、困ったことになったようだ。
 息子はと見れば、もはや陶酔し切ってとろんとして自分を見ている。
「ものは試し。ひとつ、父に味見させよ」
 鉄面皮にはばまれて分かりづらいが関羽は見かけほど堅物ではなく、これでいてなかなかおふざけも解する風流人だったのだ。

 戦い済んで日は暮れた。
 自分がなにかしかけるたび息子が過剰反応して騒いだり暴れたりするので骨が折れたが、概して悪くなかったと、関羽はそう分析した。
 なにしろ生きがいい。そして相手は我が子であり、今はまだ無知なそれを好きにしつける裁量が自分にはある。
 そう思えば、男の征服欲がむくむくと盛り上がる。
「妙な発見をしてしまったな」
 息子は精根尽き果ててくたくたになって昏睡している。
 それはしどけない色味と言うよりは単に寝相の悪い童子じみていて関羽は後味を損なったが、そこは親の役目の寛容で衣服の乱れを直してやる。
 及第点のこの息子だが、惜しむらくは、成人もまもなくという男子にしてはいささか深みに欠ける。
「致し方ない。父親の責任がある。拙者の手で立派に教育せねばならんな」
 義務を語るには喜色が強過ぎる様子で独り言ちる関羽だった。