学園パロ
    ジェラシーの彼。
           えにしだふう様 ご投稿作品
 
 
 最近兄は、授業後毎日のように学校の調理実習室で甘い匂いの物体と格闘している。

 なんでも兄には、父の日に大きなケーキを焼いて、全寮制の高校に推薦入学したため家を離れている次兄興をその日に合わせて呼び戻して、家族みんなで食卓を囲みたいという野望があるらしい。
 父のことになると俄然行動力を発揮する兄は、家庭科部がほぼ実態のない幽霊部なのをいいことにどこからか使用許可を取り付けてきたのだ。
 こんなに前々から毎日家中に甘い匂いを漂わせていては、父上をうんざりさせてご迷惑になるだろうから、と言う。

 果たして、父の日とやらが本来家族団らんを楽しむ日なのか、はたまた祝いのケーキを食べる日なのかは知らないが、とにかく長兄は熱心に様々なレシピを集めてはそれを読みふけり、時には「父上はナッツはお好きだろうか」「興はお酒が入ったケーキを食べられるだろうか」などと関索にまで相談を持ちかけてくる。
 父はナッツどころか食べ物全般に全くこだわりがなく、嫌いな物もなければむしろ何を食べても特に喜びもしない人だし、次兄だって自分たちと同じにもう高校生でいい歳なんだからブランデーを染み込ませたケーキくらいで酔っぱらったりしないと思うが、そこは長兄への愛ゆえに、にこにこと相談に乗る関索だった。

「なぁ、索。味見してくれないか」

 オシャレカフェでバイトをしている関索の舌をよほど頼りにしているのか、関平はことあるごとに味見を頼む。
 その熱心さは、はっきり言って尋常ではない。
 6月は父の誕生月でもあり、早くから父への誕生プレゼントを探してはバーガーショップのバイトで貯めた小遣いをはたいた関平だが、彼の父への愛は注いでも注いでも注ぎ尽くされることがないらしい。

「…ん。これだと、さすがにちょっと甘味が足りなすぎるかも」

 こんな微妙な甘味の差異など、父や次兄にはわかりっこないだろうなと内心バカにしながらも関索は応じた。

…ハッキシ言ってめんどくさいけど、兄上に頼りにされて兄上とラブラブするチャンスだし。それにしても兄上もよくやるよ。

 自分だって先月、兄がブランド品の相場を知らないのをいいことにバイト代を兄への誕生日プレゼントのブランド香水につぎ込んだことは、すっかり記憶の彼方に追いやられている。
 彼はこの数ヶ月、最大のライバル次兄が実家を離れているのをいいことに、長兄と同じ高校に見事進学して毎日学校でも兄につきまとい、兄の父への誕生日プレゼント選びに何度もショッピングに付き合い、さらに連日授業後にはケーキ作りをする兄と調理実習室に籠り、兄を独り占めできるこの状況に間違いなく幸せ絶頂なのだった。

「父上は喜んでくださるかな…。な、索、興はこのぐらい甘いチョコレートの方が好きじゃないかな」

 それにしても口を開けば「父上」に「興」ばかりの兄に、さすがの関索も次第にイライラが募ってきた。

…なんでオヤジとアニキの話ばっかり。せっかく私と兄上の二人っきりなのに。

「…ねぇ、兄上。私は?索のことは喜ばせてくれないの?」
「え?何言ってるんだ?お前だって興が帰ってきてくれてみんなで一緒にケーキ食べられたら嬉しいだろう?」

…んな馬鹿な。

 全くわかりあえない気配に落胆し、索は泡立て器を握った兄の手元に視線を落とした。

 銀のボウルに、ザッハトルテのコーティングにするためのチョコレートクリーム。

 関索は黙って兄の手を鷲掴みにすると、無理矢理その手をボウルのチョコレートの中にぐちゃと突っ込み、わぁわぁ騒ぐ兄を全無視してチョコまみれの兄の指をくわえ、ねぶった。

「バカっ、索!やめろ!」

 そうして頬を真っ赤にして怒る兄に溜飲を下げると、口元を拭ってとっとと調理実習室から退散したのだった。
 あ、しまった、どうせなら泡立てる前の卵白を兄上に塗りたくって、後でオカズにすれば良かった、などと呟きながら。