関平の恋愛教習所シリーズ 花
           あき様 ご投稿作品
 
 
「よう、兄者!久しぶりだなぁ!」
 劉備に会うために城を訪れていた関羽は、城内で義弟・張飛に出会った。
 聞けばこれから劉備に会う用事があるのだと、彼らしく豪快な笑い声を立てて教えてくれた。
「そういえば、先日は関平がそなたの家で世話になったな。すっかり礼を言うのが遅くなってしまった」
 なかなか顔を合わすことができずにいた張飛に関羽は礼を言った。
 先日、関羽の息子・関平が張飛の家での宴会に招かれたらしい。関羽自身は務めがあったため、参加することはできなかったが、関平の様子を見ている限りでは楽しいものであったことは容易に想像できた。
 そんな関羽に張飛は、いやいやと謙遜しながらも、
「こっちも若いもんを交えて飲むのは楽しかったからよ。・・・そうだ、兄者、その後はどうなんだ?関平があれだけ子供なら、口説くのも苦労するよなぁ。同情するぜ、まったく」
と、義兄の肩をポンポンと軽く叩く。
 その言葉に思い当たるところがある関羽は苦笑しながらも、
「いや、これからゆっくりな」
と答えるだけにとどめておいた。
「ああ、翼徳!来ていたか」
 そこへ聞きなれた声が響く。
 関羽たちのいる場所へ、彼らの長兄・劉備が趙雲を供に従えてやってきた。
「雲長も一緒だったのか。こうして兄弟が揃うことも珍しいな。できればこれから酒でも一緒に飲みたいところだが、そうもいかぬ。せっかく楽しく話しているところを申し訳ないが、雲長、翼徳は私が連れて行くぞ?」
「御意」
「代わりに、話し相手として趙雲を置いていくとしよう。趙雲、すまないが雲長の話し相手になってくれ」
「かしこまりました」
 劉備と張飛を見送ったあと、趙雲のほうから中庭にでも行きませんかと誘われた関羽は、黙って趙雲の後ろを付いていくことにした。
「先日は、関平から実に興味深い話を聞くことができました。まことに可愛らしいですね、関平は」
 中庭に誰もいないことを確認すると、趙雲がそんな風に話を切り出した。
「そうか・・・。そなたもあの席に参加していたのだったな。息子が何か迷惑をかけていなかっただろうか」
 いいえ、と口元に笑みを浮かべて首を横に振る趙雲。
「関平は本当に、関羽殿のお側にいられるだけで幸せなのですね。見ていて強く感じます。武芸に秀でている替わりに恋愛感情は少し、子供じみている気もしますが、そこもまた関平らしいと言えるでしょう」
「ああ、その通りだな」
「ですが、関羽殿ご自身はいかがです?本当に今のままで、今の状態のままで良いとご自身は思っていらっしゃるのですか?」
 さすがに全身肝だと言われるだけの武将だと関羽は関心した。
 静かでお人よしのようで、実は他人をとてもよく観察している男なのだと。軍師・諸葛亮には及ぶまいが。
「・・・戯言や独り言だと聞き流してもらいたいが」
 関羽はこう前置きした上で語り始めた。
「拙者は確かに、関平を大事に思っている。関平の想いを確かめたあの夜、勢いに任せて抱いてしまおうという気持ちは確かにあった。だが、関平が接吻だけで失神したのを見たとき、戸惑ってしまったのだ。・・・このまま流されるように淫らな関係になってしまっても良いのか。関平は武人にするために関定殿から託された存在ではなかったかと。何より、関平自身はそこまでの関係を望んでいなかったのではないかと」
 関羽の言葉を真剣に聞きながら、趙雲の脳裏には純粋な関平のことが浮かんでいた。
 関羽の言うことはよく分かる。あの夜の関平の態度だと、接吻以上の行為を望んでいないことは関平の本心だろう。それは憧れの存在である関羽の息子になれたこと、関羽の側で生活を共にできることに関平の幸せの全てが集約されているためだろうとも思った。
 本当に、関平は関羽の側にいられるだけで幸せなのだ。
 しかし、関羽は違う。関羽だけではない。趙雲や張飛など関平以外の男ならばそこでは終われない。気持ちが通じただけでは心は納得できても肉体が納得できない。肉体に触れたいし、重なりたいという欲求は常に付きまとう。
 恋愛経験が豊富な相手なら、関羽自身も悩むことはなかっただろう。さっさと次の段階に進んでいたはずだ。それが相手が関平だったため立ち止まることになった。相手のことを思い、先に進めなくなってしまったのだ。
「愛しく思う相手と肉体関係を結びたいと思うのは、自然な感情だと思います。ただ、関平にはまだ早すぎたのでしょうね。あの夜、関平は私たちの前ではっきりと言いました。『父上と肉体関係を結ぶことは考えられない』と」
「それは・・・」
 初めて聞いた話に、多少驚いた顔を見せた関羽に対して変わらぬ笑みで答えた趙雲はなおも話を続けた。
「ええ。私はその言葉の意味を、『関羽殿と肉体関係を結ぶなどと恐れ多い』ととりました。関羽殿はいかが思われますか?」
 話を振られた関羽は、考えるときの癖である自慢の髯をなでおろしたあと、
「拙者も、同じ意見だ」
と短く答えた。
 関平も年頃の青年だ。恋愛に全く興味がないということはないだろうし、異性のことが(外見や肉体も含めて)気にならないことはないだろう。それでも、関平は関羽についていくことを選び、関羽を好いていると確かに告げたのだ。
 純粋すぎる関平の気持ちの中では、義理とは言え、父親を恋い慕うことの罪悪感は拭いきれないのだろう。その気持ちが強すぎて、恋人として当たり前に抱くはずの感情までたどり着けずにいるのだ。
「だからこそ、拙者はこのままで良いと思うようにしている」
 そういい終わった関羽と趙雲の間をふいに風が吹きぬけた。
 趙雲は乱れた髪を整えながらも目は庭園に植えられた木々や花に向けられていた。
「関平は、花だと思うのです」
 ふと、切り出した趙雲の言葉の意味が、関羽にはすぐに理解できなかった。
 趙雲の視線の先には庭師の手入れで美しく咲く花々がある。関羽もそれらを見ながら趙雲の次の言葉をただ待った。
「花は、時が来れば自然と開くものでしょう?ですが、どう咲くかはその花の周囲の環境次第です。周囲の環境に合わせて成長し、手をかければより一層美しく咲きます。関平もそれと同じようなものだと思うのです。今は関羽殿の側で息子として武人として生きるのに精一杯で、関羽殿のお気持ちを量る余裕もないのです。子供だと決めるのは簡単なことです。ですが、花が日々成長するように関平も心身共に大きく成長していきます。今まで分からなかったことも肌で分かるようになるかもしれません。ただ言えるのは、それは関羽殿次第だということです」
「拙者の、心次第ということか?」
「ええ。関羽殿が関平とこのまま心だけを通じ合わせた関係でも良いというのならばそれでも良いでしょう。関羽殿が関平をどうしたいか、関平とどうなりたいかを決めれば、関平には自然と伝わるはずですし、受け入れてくれるでしょう。どんな決定をしたとしても、関平は決して関羽殿に否を言うことはないはずです。それくらい関羽殿を深く想っていることは、私が申し上げるよりも関羽殿が一番ご存知のはずですよ」
「そうだな」
 そこまで話したところで、趙雲は、
「ここからは一人でゆっくりとお考えになりたいでしょうから、私は失礼いたします」
そう言うなり拱手すると、すばやく立ち去ってしまった。
「関平は、花・・・」
 趙雲が立ち去り、一人きりになった関羽は花を見つめながら口に出していた。
(関平・・・)
 関羽が関平を想うとき、まず思い出されるのはいつでもまっすぐに関羽に向けられる瞳。
 遠慮なく自分に対する賛美の言葉が出てくる気持ちの素直なところを好ましく思い、義兄・劉備の仲立ちもあって、ずっと手元においておきたいという関羽の願いはかなうことになった。武人としての素質もあり、将来が楽しみな存在でもある。
(それでも何よりも・・・)
 息子としても武人としても、関平が必要だ。それは十分に分かっている。なのに、それだけでは割り切れない気持ちがこの心に宿っているのも確かだ。それは日に日に大きくなり、だからこうして迷っている。
 恋愛に対しては初雪のように清らかな関平だ。自分と想いを重ねていくことで傷ついてほしくないというのは父親としての感情だろうか。
(だが・・・)
 もし、関平が自分以外の人間と恋愛をすることがあるなら。仮に女性と肉体関係を結ぶようなことにでもなれば。
 その可能性が頭をよぎった瞬間、関羽は自然と歩き始めていた。
 禁忌の関係になることは分かっている、父親として関平の未来を考えるとそれではいけないと理解もしている。それでも、この先後悔することもあったとしても、
(やはり拙者は関平が欲しいのだ・・・!)
 心の中で強く叫ぶと関羽は歩く速度を速めた。そして厩舎にいた赤兎馬に騎乗するなり自宅へと走らせた。
 幸いなことに関平は自宅にいたままだったらしい。厩舎に赤兎馬をつなぎ、世話もそこそこにして、関羽は急ぎ足で関平のいる部屋へと向かう。
「父上!」
 関羽の突然の訪問に驚きを隠せず、目を丸くする関平。父親が息子の部屋を訪ねるのは数えるほどしかないため、関平にしてみたらどんな急用かと驚くのも無理はない。
「いや、お前の顔が見たくなってな。・・・中に入っても良いか?」
「あ、はい!どうぞ!」
 緊張したままの関平に中へ通される。部屋の中は関平らしい簡素な雰囲気の部屋の様子だった。関羽は部屋の様子を一通り見回すと、関平が使っている寝台の上にドカリと座る。酒でも・・・と気を遣う関平の提案を退け、関平も隣に座らせた。
 おとなしくちょこんと座る関平だが、関羽が何を自分に語ろうとしているのかが全く分からないのか、その拳は緊張でギュッと握られている。
 その姿に愛しさが募り、関羽は緊張で震える関平の体をそっと抱きしめた。
「ち、ちちうえっ?」
 突然の抱擁に驚いた声で関平が関羽の様子を伺おうとするが、関羽の体は大きすぎて抱きしめられたままでは関平には何も伺うことはできなかった。
「関平」
 関平の体温や体臭を改めて感じながら想いを込めて名を呼ぶ。
「もう一度、聞かせてくれ、関平。お前が、この父のことをどう思っているのか」
 そして、再度抱きしめる。少しだけ力を強くして。
 腕の中の関平は逞しい関羽の腕の中で少しもぞもぞと動くと、届かないまでもその両腕で関羽を抱きしめた。そして、聞こえる愛しい告白。
「拙者は父上が、好きです。父上を、お慕いしております」
 我慢できずに見つめた関平の顔は予想通り真っ赤だった。けれど、その瞳は出会ったあの頃と同じ純粋さと強さで関羽だけを見つめていた。
「父上が、大好きです」
「拙者も、平が好きだ・・・!」
 関平に初めて告げる自分の想い。もう隠したりしない。この腕の中の花を自分の手で咲かせるために。そのためには。
「平、拙者を受け入れてくれ。その心だけでなく、平の全てを拙者にくれ」
「父上・・・んんっ」
 初めて関羽に自分の秘めた想いを告げたあの夜よりも情熱的な関羽の言葉や行動に、関平は酔ってしまいそうだった。
 溢れる気持ちを関羽に伝えたいと思うけれど言葉にできない。そんな状態でいる関平に、関羽が顔を寄せるなり唇を重ねてきた。
「ぁっ、はぁっ、・・・んぅ、ちちうえ・・・」
 あの夜よりも確実に深くて回数も多い口付け。喘ぐように関平は呼吸のさなかに関羽を呼ぶ。
「関平・・・」
 軽い音を立てて口付けが終わると、関羽は優しく関平の顔を見つめる。
「関平が拙者を想う気持ちは信じている。・・・だが、正直、それだけでは物足りない」
「父上・・・」
「お前の心だけでなく、この肉体も拙者のものにしたい。そう思っている」
 そう告げた瞬間、明らかに関平がギクリと狼狽した表情を見せた。それを見た関羽は自分の邪な気持ちを見抜かれたような気持ちになった。
「いや、今ここでお前をどうこうしたいというわけではない・・・と言えばそれは嘘になってしまうが、お前の気持ちが心から拙者の全てを受け入れてくれるのを待ちたいと思うのだ」
 苦笑しながら関羽は続ける。
「お前がその心の全てで拙者を受け入れる決心がついたなら、その時は迷わずお前を拙者のものにする。だが今は、お前を待ちたいと思う」
 この花は大事に咲かせたい。一時の感情で簡単に手折ってしまってはいけないと思うくらい、大事な花だ。
 しかし、ただ無防備に周囲にさらす気もない。どんな花盗人がいるとも限らない。これは自分だけの花だと目印が必要だ。
 そう思った関羽は、若々しい関平の首筋に顔を近づけると、慣れた手つきで弾力のある関平の肌を強めに吸う。
「んっ!」
 経験したことのない感触に戸惑う関平をよそに、関羽は関平の肌にいくつか口付けの跡を残した。
「早く、大きくなれ、関平」
 花が雨や太陽の光を浴びて成長するように、関平も身も心も大きく成長してほしい。
 待っている。その花を開かせる瞬間を。そして、それを見届けるのは自分だけでいい。
 複雑な想いを胸に抱えながら、関羽はもう一度関平をその胸に抱きしめた。

 おわり