お子ちゃま平たんシリーズ
        ちちうえ、だいすき
           あき様 ご投稿作品
 
 

※ この作品は三国無双をベースにしたパロディです。
  三国無双をご存知なくても楽しめると思います。

 関羽の陣幕に、諸葛亮からの使者が転ぶように駆けてくるなり、こう叫んだのが全ての始まりでした。
「関羽様、ただちに軍師殿のところにおいでください!一大事なのです!」
「軍師殿に?もしや、兄者の身に何かあったのか?」
「いえ、殿はご無事でいらっしゃいます。ご子息が・・・関平殿が・・・!」
 息を切らしつつ報告を続ける使者の語尾に、関羽も重い腰を上げて急いで軍師殿が待つ天幕へと走りました。
 三国にその名を知られる関羽には子供がいらっしゃいますが、その中でも最も愛しているのは養子でもある関平です。
 最愛の関平の身に何かが起こったと聞けば、猛将・関羽とて父親ですから駆けつけます。
「軍師殿!息子は、関平は・・・!」
「ああ、関羽殿。お呼び立てして申し訳・・・かんう、どのっ!く、くるし・・・っ」
 挨拶もそこそこに、関羽は軍師の首を絞めかねない勢いで詰め寄りました。
「関羽様、落ち着いてください。関平殿ならご無事です」
 背後から聞こえた静かな声に冷静さを取り戻した関羽は、ようやく軍師の首から手を離しました。
「月英殿。平はどこに?」
 軍師の妻・月英は、ゴホゴホと咳き込む夫を気遣いつつ、穏やかな笑みを浮かべつつ説明を始めました。
「関平殿は、我が夫を守るべく本陣近くにいたのですが・・・」
 今回の戦では関平は諸葛亮の身を守る任に就いていました。戦自体は大規模なものではなく、だからこそ関羽も自分の天幕で息子の帰りを待っていたのです。戦況を伝える報告でも、自軍の危機を伝えるものはなかったのです。関平が何か失態をしでかしたというのなら、軍師はこうして無事でいるはずもないのですが。
「突然、単身で司馬イが我が夫に襲ってきまして・・・」
 この言葉にはさすがの関羽も驚きました。魏の軍師が単身で乗り込んでくるとは。無謀もイイところです。
「もちろん、関平殿が瞬時に対応してくださったため、こうして無事でいるのですが。ただ、関平殿が・・・」
 月英はもちろん、軍師もいつもなら歯切れの良い会話をするのですが、笑顔を浮かべつつも結論を先延ばしにしています。
 ふと、関羽は月英の背後にいる物体に気が付きました。
 2メートルを越す大男の関羽からは死角になっていて、はっきりとは分かりませんが、小さな子供のようです。
 関羽の視線に気づいた月英が、覚悟を決めたように背後に隠していた物体を関羽の前に差し出しました。
 目の前に現れたのは、小さな男の子。年齢は3〜4歳くらいのようです。
 関羽を見て、恥ずかしがっている様子がなんともかわいらしいのですが、関羽に見覚えのある子供ではありませんでした。
「軍師殿と月英殿には子がいらっしゃったか?これまた利発そうな・・・」
「関平殿ですよ」
「これがか?!」
「仮にも我が子に向かって『これ』とは何ですか、『これ』とは」
「いや、そういうことではなくてだな、軍師殿。なぜ息子が子供になっているかということを」
「関羽様、落ち着いてください。会話が成り立っていませんわ。ですから話を要約しますと、司馬イと我が夫の放った技をまともにくらってしまった結果なのです」
(軍師殿と司馬イのあの技をまともにくらったら、普通は即死だろう・・・)
 あまりの話の要約ぶりに、関羽はようやく冷静な思考を取り戻すことができました。
「本当に、平なのか?」
 関羽は恐る恐る男の子に話しかけてみました。
 関平だというその男の子は、関羽を恥ずかしげに見つめながらもコクリと頷き、
「はい、ちちうえ」
幼児らしい舌足らずな声でしたし、関羽の知る関平の声とも違いましたが、瞳をキラキラさせてまっすぐに見上げてくるその姿は、まさしく関平なのでした。
 あまりにも身長差がありすぎるため(関羽と目を合わせようとした関平が見上げすぎてこけてしまったのです)、関羽は膝をつけて関平をまじまじと見つめました。
 関羽と間近で見つめることができた関平は、家族に会えて安心したようにはにかみ、
「ちちうえ、ちちうえ」
可愛い声で呼びながら抱きついてきました。
 その様子を微笑ましく見守りながら月英が言うことには、
「幸いにも肉体は無事なようで、ケガや病気等もないようです。ただ、見た目もそうですが知能も子供に戻ってしまっています。関羽殿が父親だという認識はありますが、あんまり細かい記憶はないようです。このまま預かろうかと思っていたのですが、関平殿も子供ですので関羽殿をひどく恋しがられてしまって・・・」
 それで関羽殿をお呼びした次第なのです、と付け加えました。
 なるほどといきさつを理解することはできましたが、だからと言って関平が元の姿に戻れる特効薬も治療方法もなさそうです。
 さてどうしたものか、と関羽が思案に暮れているところへ、
「・・・という訳ですので、ぶっちゃけ私にも対処いたしかねます。執務の片手間に書物を見て、よさげな項目があればお知らせします。したがって、そのちっちゃい関平殿を引き取ってください」
先ほど首を絞められた腹いせなのか、少々の毒を含ませながら軍師に追い返された関羽と関平なのでした。

「さて・・・」
 軍師の家の帰り道。
 冷静そうな関羽ですが、実は困り果てていたのでした。
 押し付けられたはいいものの、子育てには全く関わったことがない関羽です。
 しかも、関羽の知っているあの関平はある程度育った状態で養子に来たため、今のこの状態が関平だと言われても、素直に理解できないのでした。
 一方の関平は、と言えば大好きな父上が迎えに来てくれて、しかも一緒に歩いて帰ってくれるのがただただ嬉しくてたまらない様子で、さっきから満面の笑顔のままでした。
「お前は本当に関平なのか?」
「はい!」
 目をキラキラさせて返事をするその様子は、確かに関平の面影があると関羽は思いました。
「仕方ない、家に帰るぞ」
「はい!」
 大人の男の中でもずば抜けて大きい部類のトップクラスに入る関羽と、3歳児の大きさしかない関平とでは歩幅が全く違います。
「まって、ちちうえ」
 ついいつもの調子で歩いていた関羽は、後方から聞こえてくる声に驚いて足を止めました。
 振り返ると、はるか後方に関平がいて、立ち止まった関羽に追いつこうとパタパタと駆け寄ってくるところでした。
「きゃん!」
 足元の小石に躓いて転んだ関平。
 幸いにもけがはしてないようでしたが、必死に痛みを我慢している様子の関平を見て、関羽はふと微笑ましく思えてきました。
「痛くはないか?よく我慢したな」
 実子の関興や関索にもかけたことのない言葉がスラスラ出てくるのが、我ながら不思議でしたが、関平の歩幅に合わせていては自宅への到着がいつになるとも分かりませんから、関羽は関平を抱き上げると、肩車をして歩き始めました。
「しっかりつかまっていろ、落ちるぞ」
「はい、ちちうえ!」
 肩の上にいる関平は突然のことに驚きましたが、大きな関羽の肩の上からの景色は広くて高くて、関平はまるで自分が鳥になったような気持ちがしたのでした。


「まぁ、可愛らしいこと!利発そうで・・・どちらの姫君にお生ませになられましたの?」
 関羽と関平が帰宅したのを出迎えるなり、関羽夫人はこの言葉を夫に浴びせました。
 さすがにあの関羽と連れ添っているだけあって、夫人はずいぶんとしっかりした女性のようです。
「関平だ」
「まぁ、平でしたの。そう言えば、面影が残っています。可愛いこと!殿、わたくしが面倒見てもよろしいのですか」
「ああ、頼む」
「あら、珍しく素直ですこと。こんなに可愛い平のおかげかしらね」
 幼い子供の世話は、女に任せるのが一番だ。
 悪く言うと関平を押し付けた感じの関羽でしたが、夫人の指摘通り関平にはなんだか素直な気持ちで接することができるのを不思議に思っていました。
 その後、勉学を終えた関平には弟にあたる関興や関索が帰宅して、突然幼くなってしまった関平を見て最初は驚いていましたが、関興はちいさい関平をまじまじと見るなり意味不明の言葉をブツブツ呟いたと思えば、鼻血を出してブッ倒れてしまう一幕もありました。
 さて、その夜。
 幼い子供と言っても、関平である以上女性と一緒に寝かせることは抵抗がありましたので(主に主張していたのは関羽だけでした。夫人は大歓迎の様子だったのですが)、結局子供は子供同士ということで落ち着きました。
「兄上!興の隣でどうぞ!」
 帰宅したときからずっとハイテンションで家族中に気味悪がられている関興です。大好きで大好きで、兄弟としての感情をはるかに超えた、ちょっとおかしな方向に曲がり始めた愛情を抱くほどに大好きな兄が、無条件に自分の隣で眠ってくれることなどあったでしょうか。いや、ありません。
 しかも、今は自分よりも小さいのです(小さすぎるのが少しばかり残念ですが)。
 関興の頭の中は、眠っている間のスキンシップと称してアレやコレもしようと妄想120%でヒートアップしています。
 いつも以上に素直な関平がころんと寝転がったのを見届けると、すぐに自分も布団に潜り込みました。
「兄上、寒くはありませんか?抱きしめて暖めてさしあげますよっ」
 そして、隣を見れば・・・
「兄上〜・・・」
 無理もありません。今の関平はたったの3歳なのですから。
 スヤスヤと幸せそうに眠っている関平の顔を見ていると、頭の中で考えていた妄想のあれこれもどうでもよくなってきたあたりは、関興自身もまだ子供だからかもしれません。
 そのうち関興もまぶたが重くなってきたのでした。


「・・・・・・の、殿、起きていらっしゃいますか?」
 やっと静かになったと思ったところへ、関羽の寝室の外からひっそりと関羽を呼ぶ声がしました。
「なんだ」
 声の主は関羽夫人のものです。彼女らしくない様子に声を掛ければ、音を立てないようにそうっと入ってきた関羽夫人の傍には、なんと関平が立っていました。
「どうした。子供同士で眠ったんじゃないのか」
 やれやれこれで静かに夜を過ごせる、と思ったのでこうして書を読みながら過ごしていた関羽は、少々無愛想な様子です。
「それが、殿がいないと眠れないとむずがってしまって・・・」
 申し訳なさそうに言う関羽夫人は、関平の耳元で優しく「ほら、殿ですよ」と言いました。
 関平は寝台の上にいる関羽を見ると、タタタと駆け足で近寄り、関羽の左腕をぎゅっと両腕で抱きしめました。
「平は本当に殿がお好きなのですね。小さくなってしまっても、その気持ちだけは変わらないようですわ。殿、お疲れのところを本当に申し訳なく思いますけれど、今夜だけでも一緒に休んでいただけないでしょうか。お願い申し上げます」
「分かった。休むだけなら良い」
「ありがとう存じます、殿。平、殿のおっしゃることをよく聞いてよい子でね。それでは殿、下がらせていただきます」
 夫人は丁寧にお辞儀をして静かに出て行きました。
「平、顔を上げろ。どうしたというのだ」
 腕に抱きついたまま動きもしない関平に、関羽はできるだけ優しく声を掛けてあげました。
 おそるおそる顔を上げた関平はその大きな瞳に涙を浮かべており、ぷくぷくのほっぺたには涙が幾筋も流れた跡がはっきりと見て分かりました。
「・・・へい、おきたらひとり。みんなねんね」
「寂しかったのか?」
「はい。ちちうえとねんね、したかったの。・・・だめ?」
 今にもこぼれ落ちそうなくらいに涙を浮かべて関羽を見上げる関平の頬を、その大きな手で優しく撫でてやりながら、関羽はふと先ほどの夫人の言葉や今の関平は3歳児と同じだと言う軍師殿の言葉が思い出されました。
 こう見えても昔は塾を開いていた関羽ですから、元来子供は嫌いではないのです。
 ただし、その屈強な体格と見るものを威圧せずにはいられない髭と見事に日焼けした肌の色、何より鋭い目つきが小さい子供にはえらく不評で、関羽様のご利益に預かろうとする親の心を知らずに泣き叫ぶ子供をたくさん見てきた関羽にとっては、子供は少し苦手な存在でもありました。
 もちろん、関羽の血を引いた関興や関索も同様に小さい時は関羽を恐れて近づこうともしなかったくらいです。
 それがただ一人、この小さい関平だけは最初から関羽を見ても怖がるどころか笑顔で駆け寄ってきます。
 人間誰しも愛想の良い幼子を嫌う者はおりませんから、関羽はこう見えてこの小さい関平には、なけなしの父性愛が芽生えたりするのでした。
「今夜だけだぞ。いつまでも泣いているような泣き虫は父は好かん」
 苦笑しながら言ってやると、関平はパーッと笑顔になり必死に手の甲で涙を拭います。
 関羽は読みかけの書を綴じると、関平を抱き上げ寝台に乗せてあげました。
「ちちうえ、ありがとございます!」
「なんだ、唐突に」
「へいといっしょにねんねしてくれて、うれしい」
 布団にもぐってからも、関平はよほど嬉しいらしく眠る気配がありません。
 興奮してしまったせいで、眠気がどこかに飛んでしまったようです。
「ちゃんと眠らねば、ならぬぞ。早く大人になってもらわねば」
「はい!はやくちちうえになりたいです」
 幼児らしく言ってることが時に意味不明だが、関平なりに早く成長したいと思っているだろうことは簡単に理解することができましたので、あえてツッコミは入れませんでした。
「おやすみなさい、ちちうえ」
 もぞもぞと這い上がってきた関平の小さな顔が、関羽の正面に来たと思った瞬間。
 ちゅっとカワイイ音を立てて、関平が関羽の目元に口づけをしていました。
「ちちうえ、だいすき・・・」
 そう言うなり、体力が切れてしまったようにコトンと関平は眠りに落ちました。
 その幼い寝顔をただ見つめながら、関羽は関平からの初めての口づけの感触を忘れることができそうにありませんでした。