お子ちゃま平たんシリーズ
        バレンタインデー・キス!
           あき様 ご投稿作品
 
 

「ばれんたいんでーって、なぁに?」
 ここは蜀が誇る天才軍師・諸葛亮殿のお宅です。相変わらずちっちゃいままの関平は、お使いができるくらいに成長したので、今日は父上のお使いでこうしてやってきたのですが。
 関平の興味は来る途中の商店が立ち並ぶ通りで見た、聞きなれない文字です。
 分からずにここまで来たので、誰かに聞こうと思っていたのでした。
 諸葛亮もその妻・月英も非常に賢い方なのは周知の事実なのですが、今の関平の頭の中では諸葛亮宅にいる人は家人なども全て賢い人だという認識でいるので、誰でも教えてくれるという考えがあったのです。とりあえず、父・関羽に頼まれた用事を済ませるなり取り次いでくれた女性に聞いてみました。
 すると、その女性からは「異国から伝わった風習で、2月14日に贈り物を添えて好きな相手に想いを伝えるもの」だと教えてくれました。
 なるほど、と関心していたところへ、
「関平殿ではありませんか?」
 背後から優しい声が聞こえてきました。関平には振り向かずとも誰が自分を呼んでいるのかが、ちゃんと分かっています。
「げつえいどの!」
 振り向くなり月英に向かって駆け出し、抱きつきました。関平にとって月英はもう一人のお母さんのような存在なのです。
「どうしてこちらに?」
「あのね、ちちうえのようじで来たの」
「まぁ、お使いですね。一人で偉かったのですね。さっきは何を話していたのですか?」
「ばれんたいんでーってなぁに、ってきいたらおしえてくれたの!」
「あぁ、そうですね。明日はバレンタインデーですものね。・・・関平殿、お父上に何かを差し上げたいのではありませんか?」
 関平とのやり取りから何かを察した様子の月英です。さすがはもう一人のお母さん(違う)。
 自分の心を見抜いた月英の顔を驚いた表情で見つめていた関平でしたが、すぐにシュンとした寂しそうな顔になってしまいました。
「すきなひとにすきっていうひなんだって。だから、ちちうえになにかをあげなくちゃいけないんだけど、へい、おかねないからかえない・・・」
 内心、なんて可愛らしいことと喜びながらも関平の頭を撫でつつ、
「それではこの月英に名案がありますよ、関平殿。実は私はこれからわが君に差し上げる菓子を作るのです。よければ、私と一緒に菓子を作りましょう。関平殿が作った菓子ならば、関羽殿もきっと喜ばれるはずですよ」
と、ステキな提案をしてくれました。
 その提案に関平もすぐに顔を輝かせて首を何度も縦に振りました。
「ならば参りましょう。・・・関羽殿が心配なさってはいけないから、おうちに使いを出しましょうね」
 さすがは気配り上手。関平はすっかり安心しきって月英の後ろにくっついて台所へと移動しました。

* * *
 月英の気配りで、無事に関羽宅へ使いも出しました。ちなみに、「軍師宅で遊んで帰るので少し遅くなる」という内容でした。
 そして、二人がいるのは諸葛家の台所。月英は料理も好んでするので料理人たちが使用する台所とは別に、ここは月英専用の台所です。
「げつえいどのはなにをあげるの?」
 衣服が汚れないようにと月英がどこかから出してきた布で関平の前身ごろをすっぽりと覆い隠します。でもちゃんと腕は出る安心設計。料理の準備をしながら関平は月英にこう尋ねました。
「焼き菓子を差し上げようかと思います」
 自らも身支度を整えながら、笑顔で答えます。
「さぁ始めますよ。関平殿も手伝ってくださいね」
「はい!」
 月英先生による菓子教室の始まりです。今日はバレンタインデーの贈り物としても最適な焼き菓子です。初心者でも失敗しにくく、手作り感溢れる手ごろな菓子です。
 生地つくりは月英先生が主導しますが、もちろん関平もちゃんと手伝います。粉をまぜたりこねたり、形を作ったり。
 二人がそれぞれに贈る相手の嬉しそうな顔を思い浮かべて作っていきます。
 そして、仕上げの焼き加減。ここは先生の経験に任せます。焼いている間に、焼き菓子を入れる入れ物も作りました。
「ふわぁ・・・」
 やがて辺りに漂う菓子の良い匂いに、関平は心がドキドキしました。
「さ、できましたよ」
 竹で編まれたざるの上で焼きたての菓子を冷まします。諸葛亮と関羽にあげる以外にも、味見用や関平の持ち帰り用として、月英が多めに作ってくれたようです。
「おいしそう!」
「ええ、上手にできたようですね。差し上げるものはもう少し冷ましてから入れるとしましょう。こちらを食べてみてください。・・・関平殿、どうですか?」
 月英が味見用の菓子の中から一つを選んで関平に手渡してくれました。焼きたてのそれはまだ湯気が立っていて、息を吹きかけて冷まさないと熱くて食べられそうにありません。
「やけどをしないように気をつけてくださいね」
 関平が少しずつ口に入れるのを見守りながら、月英は片づけを始めました。
「げつえいどの、おいしい!です」
「それはよかった。関羽殿やわが君にも喜んでもらえるとよいですね」
 夢中になって菓子をほおばる関平の姿に声を立てて笑いながら、月英は手早く片づけをすませます。続いて飲み物も用意してくれました。台所の横にある小さな部屋には机と椅子があり、食事ができるようになっています。
「それではこちらで少し休みましょう。私も味見してみましょうか」
と、月英。
 そのまま二人で楽しいお茶会となりました。
 焼き菓子の出来具合に満足した二人は、お茶会を終えたあとに諸葛亮と関羽にあげる分をきれいに包装して完成です。
「できた・・・」
「ふふ。喜んでいただけると良いですわね。さぁ、関平殿。明日はこれをちゃんとお父上に渡せますか?」
 月英に関羽の分を手渡してもらいます。もちろん、関平の返事は「はい」です。
「お互いに健闘を祈ることにいたしましょう。それでは遅くならないうちに家に帰りましょう」
 お茶会で食べた残りの焼き菓子も月英は包んでくれました。どうやら関平にお土産として持たせてくれるようです。
 月英に送ってもらい、関平は帰宅することができました。月英を見送るなり関平は自分の部屋に入り、関羽にあげるお菓子を人目につかないように隠してしまいました。これは明日にならないと渡してはいけないものです。その前に誰かに見つかっては大変です。
 夕飯もそこそこに、関平は明日に備えて早めに休むことにしました。
 関羽は今夜は城で泊まるようですが、明日の朝には戻ってくると関羽夫人が優しく教えてくれました。だから、寝過ごしてはいけないのです。
* * *
 そして、翌朝。関平はドキドキしながら居間へ行くと、そこには、
「すげぇな、この贈り物の山!全部オヤジ宛かよ?」
「あら、関平おはよう。今朝は一人で起きられたのね?殿はもうお戻りですよ」
 山と積まれた贈り物の数々。その数の多さに驚いている関興と、起きてきた関平に気づいた関羽夫人が声をかけてくれました。
「これは?」
 小さな関平にも、この山のような贈り物は分かります。ですが、あえて聞いてみました。
「この家に仕えている女性の家人たちや殿が日頃お世話になっている方々から届いたのですよ」
 夫人は優しく丁寧に教えてくれましたが、関平にはその贈り物を見ているだけで胸が痛むような気持ちになってきました。
 これだけの人が父上のことを好きなんだ。だとしたら、拙者が父上を好きでも、父上には全く届かないかもしれない・・・小さいなりに関平の頭の中は、そんなことでいっぱいだったのです。
 しょんぼりしてしまった関平の姿を見て、何かに気づいた夫人は関平と目を合わせるようにしゃがみこみ、
「関平。あなたも殿に贈り物を用意しているのでしょう?勇気を出して、渡していらっしゃい。殿なら、いまはご自分の部屋にいらっしゃるはずですから」
と、勇気付けてくれました。
 その言葉に関平も大きく頷いて、自分の部屋へ向かって走りました。隠してある菓子を持って、大好きな父上に自分の想いを伝えるために。
「ちちうえ、ちちうえ」
「?なんだ、平か。どうした、入っておいで」
 関羽の部屋の扉を叩き、声をかけると中から関羽が優しい声で答えてくれました。
 その優しさに勇気を得て、関平は中へと入ります。
 部屋の中で関羽は書物を広げているようでしたが、関平が中に入ってくるのを待っていてくれているようでした。
 関平は駆け足で関羽へと近寄り、勢いそのままに関羽に抱きつきました。
「どうした、関平・・・」
「ちちうえ、だいすき!」
 関羽の言葉を聞き終わらないうちに、関平は自分の気持ちを関羽に伝えました。
 そして、手に持っていた焼き菓子の入った袋を関羽に差し出します。
「これを、拙者にくれるのか?」
「うん。きょうはすきなひとにおくりものをして、すきっていうひってきいたから・・・」
「関平が作ったのか?」
 その質問には、関平はあいまいに首を横に振りました。
「げつえいどのとつくったから、せっしゃひとりじゃない・・・」
 その答えように関平の素直さを見出しながらも、関羽は袋の口を開けてみました。
「ほう、おいしそうだな。食べてもよいか?」
 そう言うなり一つを取り出しておいしそうに食べました。
 その関羽の表情を間近で見ていると、作ってよかったと心から救われる気持ちになる関平です。。
 食べ終わると、関羽は関平の顔を見て何かを考えるような仕草をしました。
「ちちうえ?」
「拙者も、関平にお返しをしなくてはならんな・・・。持ち合わせもないし・・・」
「せっしゃはなんでもいいです。ちちうえがくれるなら!」
「可愛いことを言うヤツめ」
 そう言って苦笑すると、関羽はいきなりその場にしゃがみこみ、驚く関平のぷくぷくした頬を、その大きな両手で包んでしまうと、顔を近づけて口付けました。
「拙者も、可愛い関平が大好きだ」
 唇が離れるなり、至近距離でこう告げられました。
「せっしゃも、ちちうえがだいすき!」
 小さな腕を精一杯伸ばして関羽に抱きつく関平。そんな関平の小さな体を、関羽はそっと優しく、いつまでも抱きしめてくれたのでした。

おわり