お子ちゃま平たんシリーズ 父の願い
           あき様 ご投稿作品
 
 

 関平からバレンタインデーに手作りの焼き菓子をプレゼントされた関羽は、ホワイトデーに
きちんとお返しをしなくてはならんな・・・と考えておりました。
 そんな関羽の元には2月14日からは夫人を始め、関家に仕える女性の家人一同やなじみの女性などからもたくさんの贈り物が届きましたが、それらのお返しについては夫人に一任していますので(丸投げとも言いますが)、自分自身で返そうと思うのは最も可愛い関平の分だけです。
 普通でしたら夫人が最優先で一番だと思われますが、世に名高い関将軍の夫人は高価な物を好まず、かと言ってなかなかの目利きでいらっしゃるので、関羽は夫人には「自分の好きなものを買え」と毎回言います。今回もその予定です。
 そういう訳で関羽はホワイトデーを明日に控え、関平の分のお返しに何が良いのかを考えているのです。
 ここは城下町で商店が立ち並ぶ、賑やかな通りです。店先に並ぶ品々を眺めながら関羽はいつもよりもゆっくりと歩いて品定めをします。頭の中に関平の喜ぶ顔を思い浮かべながら。
 関平がふとしたことで幼子になってしまってから、随分と時間が経過したような気もしますが、逆に思うほどに過ぎていないのでは、と思う時間もあると関羽は考えていました。初めて小さくなった関平の姿を見たときは信じられない気持ちが多かったのですが、大きさが変わっても関平はただまっすぐに父である関羽を慕っていることはすぐに分かりましたし、どんな姿でも関平を側に置いておきたいという関羽自身の独占欲でこうして関平は関羽の家で暮らしています。そのことを関平が聞いたならどんなに喜ぶかとは思うのですが、そう簡単には心のうちを明かさないのが関雲長です。
 (やはり品物で返すのが良いだろうな)
 そうは思うのですが、菓子なのか衣服なのか、それとも別の何かか、どういったものを買えば喜ぶのかが見当もつきません。ただ、「関平が喜ぶもの」という絶対条件があるだけです。
 そんなことを考えていると、いつの間にかある刀剣商の前にいました。この店は関羽がよく利用している店で、品揃えはもちろん武器や防具の手入れもしてくれる良い店です。関羽は気分転換のつもりで入ってみることにしました。
「邪魔する」
「これはこれは、関羽将軍!おひさしゅうございます。本日は何かをお探しで?」
 店内に入ると店主がすぐに関羽のところにやってきました。
「いや、特に探し物はないのだが。少し見せてもらってもよいか」
「もちろんでございますとも!ごゆるりと」
 対面した者の邪気をそぐかのような満面の笑みで応対すると、店主は他の客の対応のためにその場を離れました。
 改めて店内を見回すと、関羽や張飛が持てばさぞかし映えるような素晴らしい刀剣や、初心者や女性でも扱えるような小ぶりの武器防具が美しく展示されています。関羽もしばしそれらを鑑賞します。このときは、武人としての関雲長になるのです。
「ん?」
 ふと、関羽の目にあるものが止まりました。それは、子供向けの木刀でした。それを見た瞬間に関羽の脳裏には、関羽の真似をしようと稽古場まで関羽の後ろにくっついてきている関平が浮かび上がりました。
(もうそろそろ、始めても良いかもしれん)
 関平の体は少しずつですが成長しています。武芸を始めるには頃合の大きさになっていたことを関羽は思い出したのでした。
「店主。これを一振りもらおう」
 子供用の木刀の中でも関平が使いやすい大きさ、素材などを十分に吟味し、関羽自身が納得した一振りを関羽は買い求めました。本来なら、菓子や花を贈る(らしい)ホワイトデーですが、今の関平にはこれでも十分喜んでくれるでしょう。関羽にはなぜだかその自信がありました。
 目的を果たした関羽が帰宅したのは、お昼過ぎ。出迎えた夫人に聞けば、関平は昼寝の最中とのこと。夫人には、
「お前への贈り物は見当もつかん。好きなものを買うがいい」
と、毎回同じ言葉を告げて、関羽はひとまず自分の部屋へと行きました。
 関平に渡す木刀は、明日渡すものです。寝台の近くに置いておくこととしました。すると、ふと関平の寝顔を見たくなったので、関平の部屋へと自然に足が向いていました。
 そっと入ると、寝台の上では関平が安らかな寝息を立てているのが分かります。関平を起こさないように、関羽はそっと寝台の上に腰掛けて関平の寝顔を見つめました。
 思えば、関平が小さくなる前はこうして関平の寝顔を見たことがなかったと気づきました。関平はある程度育った状態で関羽のもとに養子に来たため、関羽が起床する前には起きていましたし、寝る部屋も別だったりして、関平が眠っているところを見たことがなかったのです。
 関羽に憧れているというその一念で関家に養子に入り、関羽の息子としても蜀軍の将としても立派にやっている関平。
 小さくなった今でも、その気持ちだけは変わらずにあるのが関羽には強く伝わってきました。
(こんなに可愛い子をどうして手放せる?)
 関羽は自問自答しました。関平が関平であるからこそ、こうして手元に置いているのです。その気持ちには、世間の父性愛と違う欲深い気持ちも多分に含まれていますが、それでも関羽にとって関平は可愛くて手放せない、大事な存在なのです。
 そんなことを考えながら、関羽はそっと手を伸ばして関平の頬に触れてみました。
 こうして関平に触れるのも、関平が小さくなってからのことでした。
(元に戻ってからも、こうしてお前に触れることができるだろうか、平よ)
 頬に触れていた指先を静かに滑らせて、薄く開いた唇へ。輪郭をなぞるようにゆっくりと感触を確かめました。
「関平、早く大きくなってくれ」
 気づかれないように囁くと、眠っている関平の唇に自分の唇を押し付けて軽く吸いました。
 口づけが終わり顔を離しても、関羽は名残惜しそうに関平の顔をしばらく見つめていましたが、関平が目を覚ましたときにどう言い訳をしたらよいのか、適当な理由も見つからず起きないうちに部屋を出ることにしました。
 幸い、関平はぐっすり眠っていましたので、巨躯の関羽が寝台を離れたときにかなりの振動があったのですがそれにも目を覚ますことはありませんでした。
 明日の朝は比較的時間が取れるので、関平が起きてきたらすぐにあの木刀をやろう。そして、関平が気に入ったなら少し稽古をつけてやってもよい。
そんなことを考えると嬉しくて自然と口元が緩んでしまう、関羽なのでした。



おわり