ドMなペットを飼いませんか? 第1話 |
えにしだ |
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「…今、帰った」 つい先日までは帰宅を知らせる言葉を使う習慣すらなかったが、こうも自分の帰宅を喜ぶ相手がいると、このたった一言にも存在の意義があることを実感する。 平は関羽の足音をいち早く聞き付けていたらしい。玄関のドアを開けるともうすでにそこに鎮座していた。ニコニコと興奮を隠し切れぬ様子で、しかし自分の教えを守り、きちんと『おすわり』の格好で。 つい先週。 春の訪れを告げる嵐の日に、関羽は彼を拾った。仕事が休みで、しかし何をするでもなく自宅でくつろいでいたがタバコを切らし、どういう気の迷いか雨の中をコンビニまで歩こうと思い立った。行きつけのコンビニで目的の品と缶ビール、スモークチーズにサラミを買って帰途につくと、ついさっき、ほんの5分か10分前にはいなかった自宅マンションの前にびしょ濡れの少年がうずくまっていたのだ。 少年はただの少年ではなかった。薄汚れたTシャツにハーフパンツ、裸足で…しっぽ。それから耳。始めはよく出来た玩具の獣耳を着けているのかと思ったが、くたりと気を失っている少年の尖った耳をつい出来心で引っ張ると、彼は小さく呻いて苦痛を訴えた。 「…」 このまま放置して彼などどうなろうが知ったことではない、と思い切れるほど薄情ではないつもりだ。関羽は少年を担ぎ上げると自室に連れ帰った。 少年を抱き上げて初めてわかったことだが、彼はかなり深刻に発熱していた。自分が元来丈夫なたちだとこんなときどうすればいいのか全くわからない。体温計もなければ薬の買い置きすらない。とにかく濡れた服を全て脱がせ、タオルで頭から爪先まで拭いてやり、ベッドに入れた。少年は高熱に頬を赤くし、はあはあと苦しそうな息遣いだけが続いている。獣のような耳が今はただ力無く垂れているのがなんとも憐れで、関羽はガラにもなく少年の冷え切った身体を優しくさすってやったりなどした。 …明日になっても良くならなければ病院にでも連れていくべきだろうか。しかしこの耳にしっぽで…まさか動物病院に? くだらないことをつらつらと考えている内に自分も眠っていたらしい。少年を寝床に入れてやってから3時間は経っているだろうか。ベッドに目をやると少年はスウスウと静かな寝息をたてていた。多少熱は下がったようだ。ホッと安心すると急激に空腹を感じて、夕飯前に先程のコンビニでの戦利品を空けることにした。 炊飯器から米の炊けるいい匂いが漂い出したころ、ベッドの犬しっぽ少年がクゥン、と切なく鼻を鳴らした。 「メシの匂いで目が覚めたのか。現金なヤツだな」 まだ起き上がる力は出ないのだろう、布団から顔半分だけを覗かせて潤んだ目でこちらを見つめている。 「お前、名前は?その耳としっぽは何なんだ」 「…クゥン」 「喋れんのか」 しかしこちらの話す言葉はいくらか、或いはほとんど伝わっているようでもある。 「…お前、母親か父親はどうした。何故あんなところにいた」 「…ち、ちちうえ…?」 …多少は使える言葉もあるのか。 「そうだ、その父上とやらはお前を置いて何処へ行ったんだ?」 「…」 「うん?意味がわからんのか、いないのかどっちだ?」 少年はぽろりと一粒涙を零し、こちらを見つめたまま首を振った。 「…わかったわかった、つらいことを尋ねて悪かったな。あれだけ熱を出したのなら喉が渇いているだろう、水でも飲め」 グラスの水を差し出してやると少年は全く‘普通’に両手でそれを受け取り、ごくごくとうまそうに水を飲み干した。 …何が何だかわけがわからんな…。様子を見る他ないか…。 こうして犬しっぽ少年と関羽の奇妙な同居生活がスタートしたのだ。 結局、犬しっぽ少年がまともに喋れたのは「へい」という自分の名前と、「ちちうえ」の二言だけ。舌足らずな彼の言葉では漢字などわかりようもないが、塀でも兵でもないだろうから恐らく「平」なのだろう。 …まあどっちだって構いやしないが。 そして関羽がいくら違うと教えても平は関羽を「ちちうえ」と呼んだ。 …まあどっちだって構いやしないが…。 複雑な思いはするが別段害を為すわけではない。否定し続けるのも面倒なことで、それに関してはもう放置することに決定した。 …あとは…、必要なのは『しつけ』か。 平はトイレと、スプーンを使った食事だけは何とか‘人’並に出来るようだったが、風呂には一人で入れないし、なにしろ放っておくと窮屈なのか服をどんどん脱いでいってしまう。 「…ここに居たいのなら俺の言った通りにしろ。わかったな」 しかしたった一度首根っこを引っ捕らえてそう脅してやれば、その後は彼なりに懸命に関羽の機嫌を損ねないように、そして何とか関羽を喜ばせたいと考えているようだった。 「ちちうえ、ちちうえ!」 「いい子にしてたか?」 纏わり付いてくる平の頭をがしがし撫でてやると、彼はもっと撫でてくれとばかりにさらに身体を擦り寄せた。 「…今日は部屋で暴れたりしなかったんだな?よしよし、ご褒美だ」 最初の何日かは関羽が仕事に出ている間に淋しさのあまりか部屋じゅうを荒らし、関羽が帰る頃には泣きつかれてぐったり眠っていたものだが、テレビを眺めることを覚えてからは大人しく待っていられるようになったらしい。 ご褒美の言葉を聞いて平はいよいよ嬉しがってダイニングテーブルの周りをぐるぐる無意味に走り回った。 「ほら」 帰り道に寄ってきたスーパーの袋からアイスバーを出して手渡してやる。 「…誰かに何かもらったら何て言うんだ?」 「あ、ありがとございます、ちちうえ!」 …平は、何も知らないだけだ。素直で、覚えも悪くない。 それがこの一週間の感想だった。 猫舌ならぬ犬舌?の平はこのところ毎日熱いみそ汁と格闘している。見兼ねて浅い皿に移し替え、吹き冷ますことを教えてやってからは、フゥフゥする仕種を一生懸命真似ているがイマイチうまくいってはいなかった。 「…きゃんっ!」 今日も冷めるのが待ち切れずに口を付けて悲鳴を上げている。 「…しょうがないやつだな」 大きなスプーンに一口分だけを掬い冷ましてやる。 「ほれ、口を開けんか」 …基本的に自分は面倒臭がりだったはずだが。 それでも心底しあわせそうに口をもぐもぐさせる平を見ていると彼の世話をする面倒臭ささえ些細なことに思えてくるから不思議だ。 風呂で身体を洗ってやり、濡れた髪を乾かしてやり、ベッドの中でもひたすらしがみついて甘えてくる平を撫でているうちに自然とこのままウチに置いてやるのもいいか…などと考えている自分に気付く。 平には関羽が考え事をしていることがすぐにわかるらしい。撫でる手が疎かになっているのが気に入らない平は関羽の手の平の下に頭を潜り込ませてきた。自分に気を引きたい一心なのだ。 「ちちうえ…」 見上げてねだる。 その健気な仕種に思わず小さく吹き出し、期待にこたえてやった。 「そんなに撫でられるのが好きか。気持ちいいのか?」 「きもちい…?」 「そうだ、もう一遍言ってみろ。‘気持ちいい’だろ?」 こうやって関羽が教えるようになってから、少しずつではあるが平の語彙も増え始めていた。 「き・も・ち・い」 「…む。…ま、それでいいか」 「ちちうえ、きもちい?」 平はもぞもぞ関羽の胸の辺りまではい上がると、関羽の口元をぺろりと舐めた。 「!」 平にはいわゆる‘キス’のつもりはないのだろう。しかし自分の口元に食べ物がくっついていたというわけでもあるまい。どう反応すればいいのか困った。 「…平、やめなさい」 平は悲しげに眉を下げた。 「だめ?ちちうえ、きもちくない?」 「気持ちいいとかいう問題じゃなくてな。…そういうことは大好きな、大事な人とだけするんだ」 するとさらに悲しげに平は顔を歪ませた。 「へい、ちちうえだいすき。ちちうえだいじ」 …何と教えたものか。 「…わかってる」 互いにすれ違っていることはわかったが、結局布団に潜り込んでぐじゅぐじゅと泣き出した平をそっと撫でてやることしかできなかった。 それからというもの平は以前ほどベタベタ纏わり付かなくなった。甘えること自体を関羽に叱られたと思い込んでいるのだ。 …舐めることだけをやめさせるつもりだったのだが。 しかも色々調べたところによると、犬が飼い主の口元を舐めてくるのは愛情表現というよりは服従の意味らしい。 …かわいそうだがしかしまるっきり犬と同じレベルのしつけでもまずかろう。なにしろ耳としっぽを除けば身体は人間なのだから。 機嫌でも取ってやろうと平お気に入りのチュッパチャプスを土産に帰宅したその日。 いつもならば玄関を開けたらそこで待ち構えているはずの平が、いなかった。 「…平?帰ったぞ?」 部屋が荒れているわけでもない。リビングのテレビは点けっぱなしのままでガチャガチャやかましいバラエティーを垂れ流しているが、昼間平が一人きりの時間に腹が減るだろうからと置いてあった菓子パンもおにぎりも、今日は手付かずのまま残っている。 「おい、平?」 寝室に彼を捜し当てると、平は布団に全身すっぽりと包まり、ベッドの上でうずくまっていた。 「平?どうした。具合が悪いのか?」 「ちがう…だいじょぶ、だめ、ちちうえさわったらだめ」 「何を言ってるんだ、大丈夫には見えんぞ」 布団をめくり、平の顔色を確かめようとすると、平はますますヒステリックに関羽の手を跳ね退けた。 「だめ!ちちうえさわったらだめ!」 「平!いい加減にしろ」 無理矢理布団を引きはがして平の顔をこちらに向かせる。すると平はうっ、うっ、としゃくり上げながら訴えた。 「ちちうえ、へいさわったらだめ」 「まだそんなことを言ってるのか。具合が悪いんだろう?いつからだ?どこか痛いのか?」 平の全身を見てやろうとして、気付いた。 …まさか。 普段よりも荒い息、上がった体温、潤んだ目、何より平はトイレを我慢する幼子のように自分の前を押さえてもじもじしている。 …発情期とかいうやつか? 恐る恐る平の頬を撫でてやると、関羽の指の感触にピクっと身体を震わせ、 「ふぁ、あんっ…」 甘い声を上げた。 「だめ…ちちうえ、だめ…」 うわごとのように言い関羽の手を避けようとする。 「…」 …こんなことになるならあの時、諸葛専務取締役に犬のしつけだけでなく発情期のことまで聞いておけばよかったか。 ヒラリヒラリと扇子を揺らす彼の人の姿が一瞬浮かんだが、しかしそれを聞いてどうするのだろう。ただの犬ならば適当に見合いをさせるとか病院で手術をするのだろうが、自分は平をそんな目に遭わせるつもりなのか?手術は有り得ないにしろ、平に女を宛がう? …駄目だ。許せん。 そうしてようやく、自分にとって平がペット以上の存在になっていたことに気付いたのだった。 「…平、辛いか」 むずがる平の顔を両手で挟み息のかかる距離で囁いてやると、平はうろたえ、暴れた。 「いやっ、だめ、ちちうえ…」 「大丈夫だ、お前は初めてこうなって驚いているだけだ。自分ではどうにもできなくて怖いだけだ。そうだろう?」 「…」 「平。大丈夫だ、俺が助けてやる。俺に任せろ」 「ちちうえ…」 抵抗の緩んだ平にゆっくりくちづけてやる。 「…」 唇が離れると、平は混乱をいっぱいに浮かべて関羽の目を見つめていた。 「…どうした。いやか?」 平は口をぱくぱくさせながらふるふると首を振った。 「…ちちうえ、どして…。ちちうえ、へいペロペロしたらだめ」 「いいんだ、これからは。俺とお前、二人っきりの時ならな」 それを聞くと平はよくわからないながらも頷き、そしてされるがまま二度めのくちづけを受け入れた。 そっと舌と舌を触れ合わせただけで平の肩は跳ね、関羽のシャツを皺になるほど強く掴んだ。唇を合わせる角度を変えれば陶酔しきった艶やかな喘ぎ声を上げる。 …恐ろしく感度のいいヤツだな…。 幼いその身体の中心はまだ直接触れてもいないのに、キスだけですでにかわいそうなほど張り詰めていた。コットンのハーフパンツの上からそっと撫でてやると平はまた叫んで暴れた。 「いやっ、だめ!ちちうえさわっちゃだめ!」 「何を言ってる。このままじゃ辛いだけだぞ。今、楽にしてやるから」 「あ、あ、だめっ…」 ハーフパンツと下着をまとめて脱がせ、そこを直に手の平で包んでやった。他人に急所を握られていることに一瞬本能的に身をすくませた平だが、敏感すぎる身体は関羽が手を動かし始めた途端に生まれた未知の快楽に、たまらず悶える。 「ああっ!だめ、ちちうえぇ…」 無意識に腰をくねらせ、両足を突っ張って何とか強すぎる快感から逃れようとするが、そんなことを関羽が許してやるはずもなく平はすぐに関羽の手を濡らした。身体を通り過ぎて行った激しい絶頂の余韻に平はぐったりし、肩で荒い息を吐いている。 「…はっ、はっ…」 「お前、さっきから『だめ』ばっかりだな。…気持ちよかっただろ?ホラ言ってみろ、『気持ちいい』って」 「き、きもちい…、あぅっ、ちちうえ!」 平が出したもののぬめりを借りて再び扱き上げてやると、彼のそこはまたたちまち固くなり勃ち上がった。二度めの絶頂へと押し上げられる間もちちうえ、とひたすら自分を呼び、覚えたての『きもちい』を繰り返す平の掠れた声に、煽られていることをはっきり自覚した。 …これ以上は。押さえられなくなる。 そうして二度めの射精で完全に脱力した平の身体を清めてやるのもそこそこに、色事の気配がむんと立ち込める寝室を出たのだった。 頭から冷たいシャワーを浴びながら、思った。 …こんな盛りの面倒まで見てやってしまって、俺はどうかしてないか。 耳に残るのは幼さの残る平が性の快楽に溺れた声で自分を呼んでいた、あの声だ。 …いかん。 あの潤む目に見つめられ、甘い声で『きもちい』と言われると、どうしようもなく可愛い平にひどいことをしてやりたくなる。 …いかんいかん。 頭を振ってやましい思いを追い払う。 しかし全く消し去れるわけでもなく、それがまるで時限爆弾のように自分の体内でチクタクと秒読みしているのを成す術もなく感じていた。 |