『好き』の暴走

           朝日の案山子様 ご投稿作品

 


「父上、じゅって〜む!!でございます!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 突然自分の邸に押しかけてきて、変な言葉を吐き出した息子を、関羽は珍獣を見るような目で見ていた。



「ま・・・待て待て関平。何だその珍妙な格好は。」
「は、珍妙でございますか。平は格好いいと思うのですが。」
「・・・・・・・・。」
 
 関羽の言葉に関平は首を傾げるが、360度どこから見ても、殆ど頭のおかしい人間にしか見えない。普段の服装ではあるが、裾と襟周りには魏のフリル将軍も真っ青なひらひら飾りが縫い付けられ、しかも何故かズボンの方は短パンだ。膝どころか太股も丸出しで、おまけに手には薔薇の花束と何を思ったか骨付き肉。つっこみどころが多すぎて、どこからつっこんだら良いかもう分らない。


「平は父上には遠く及びませんが、将としてそれなりの稼ぎもございますし、一心に父上にお仕えしますし他に移り気などは致しません!拙者は父上にふぉーりんらぶです、いっひりーべでぃっひ!なのです!」
「平が風邪を引いたようだ。誰かあるか、熱さましの薬を。」

 父は、この息子の有様を、熱に浮かされての事だと思ったらしい。立ち上がって召使いを呼ぼうとするが、その足元に関平がすがりついた。

「確かに平は熱に浮かされております、父上への恋の病という熱に!」
「関平のくせに上手く言うな、離さんか!」
 『関平のくせに』とは随分ひどいいいようだが、的を射てはいる。優しく孝行息子で、従順。だが気を配ったり配慮をしたり上手く言葉を操ったり、という事とは全く縁遠いのが関平という男だ。

「父上、お話を、せめてお話をお聞き下され!」
「熱を下げてからまた来るがいい。」
 けんもほろろな対応ではある。しかし今の関平を見れば、誰だって同じ反応をするだろう。寧ろ関羽の反応は、平生の彼から考えれば格段に優しいのかも知れない。


「嫌です、拙者は帰りません!父上がお話を聞いてくださるまでは!」
 らしくないほど、強く頑迷な物言い。おとなしい子供ほど臍を曲げた時は大変だと言うが、正にその通りだ。関羽は渋々腰を下ろした。


 さて、どこから聞いたものか。関平の言葉はともかくとして、このような事態になった原因を、関羽は解法する事にした。



「・・・何だ、その格好と先ほどの行動は。」
「皆様から助言を頂いた結果こうなったのですが、お気に召さなかったでしょうか?」




 お気に召すも何も。




「好きな方に想いを告げるのにはどうしたらいいか、と皆様にお聞きしました。そうすると趙雲殿は、決して心変わりせぬという誠実さが一番だとお教え下さいました。一緒に飲んでらした馬超殿に伺ったら、『悪いが不自由した事がなくて』という事で、助言は出来ぬと仰せで。あとで趙雲殿に『その内刺されますよ』と言われておりましたが。黄忠殿のお家に伺うと、『男は何はなくても甲斐性じゃ。仕事の出来る男は格好いいぞ!』と助言を頂きました。魏延殿と姜維殿がお話されていたので、御迷惑かと思いながらもお尋ねすると、魏延殿は『肉、クレル奴、イイ奴』と。姜維殿は『やはり二人っきりで、いい雰囲気の時に!』と仰ってました。ホウ統殿からは、『聞きなれた言葉だといけないから、外来語の一つでも覚えて言ったほうがいいね。相手に『はい、私も大好きです』なんてかわされちゃたまんないだろ?』と軍師らしく機知にとんだご発言をされて。諸葛亮殿ご夫妻からは、『とにかく何度でも挑戦する事が大切です』『お花とか如何かしら?』と言われ、敬愛する劉備殿には『やはり関平も年頃だから、想いを告げるとき位はおしゃれせねばな』、張飛殿からは『男の色気ってのも大事だぜ!』と・・・。」
「すまぬ、父の方が頭痛がしてきた。鎮痛剤を。」


 どれが頭痛の種なのか、と聞かれても関羽には答えようがない。強いて言うなら、全部だ。何故そんなに皆を巻き込む。何故恋愛沙汰で、よりにもよって主君にまで助言を求める。というか、皆(当然ながら)関平の相手は女人だと思っているからこそのアドバイスなのに、何故それについて疑問を持たぬ。そして何故全てを取り入れようとする。何故『おしゃれ』でフリルになるのだ。



 関平は自分の想いを自覚するのが遅く、自覚しても踏み出すまでが長い。しかし一旦踏み出すと決めてしまえば、後は電光石火の如くしかも変な方向で一生懸命になる。その結果、訳のわからぬ騒動に、父は巻き込まれる。



「むむむ、それはなりません。お風邪でしょうか。」
「たった今、熱が40度を越えた。」
「どうした事でしょう、急性の病でしょうか。」

 『お前のせいだ、たわけが!』と怒鳴りたい所だが、目の前の息子はあまりに邪気がなく、含みもない。『空気読めない』もここまで来ると、もはや才能だ。


「もしもそうなっても、平は父上を誠心誠意看病致します。父上の病気ならば、うつっても後悔は致しません。寧ろ父上のお命の代わりに拙者が天に召されるのならば、何と光栄な事でしょう。」


 打算もなく、迷いもなく、関平はそう言う。そんな風に素直で心根が真っ直ぐな所を、関羽は決して嫌いではない。寧ろとても可愛いと思うし、好ましいと思うのだが・・・。
 冷静に、ひいて、全身を見る。









 駄目だ。







 
 とにかく短パンとフリルはいただけない。そしてこれを『おしゃれ』と疑いもなく言ってしまう関平に、自分の教育は間違っていたのかと関羽は頭を悩ませる羽目になる。

「父上の御加減が悪いのに、これ以上拙者が御負担をお掛けするのは本意ではございません。平の気持ちは今申し上げた通りではございますし、諸葛亮殿からは『何度でも挑戦するように』と言われておりますが、今日は帰らせて頂きます。お時間を割いて頂き、まことにありがとうございました。」
 時間を割くも何も、お前が突然飛び込んできたんだろうが。言いたい言葉を、関羽はぐっと堪える。律儀に膝をそろえ、平身低頭して挨拶をする関平に、そこまで言える程、彼は鬼ではない。


「・・・御迷惑になると分っていても、拙者はどうしても申し上げたかったのです。拙者は、父上と血のつながりがございません。弟達も、蜻蛉の兄をよく慕ってくれますし、父上や奥方様にも身に余る御寵愛を頂いております。ですが拙者は、父上のおそば近くで仕え、父上の御為に働く『正当な理由』というものを、何も持ち合わせておりません。拙者が父上に捧げる事が出来るものは、僅かにこの命位でございますが、父上程の方には、既に多くの命が捧げられております。平は、父上の為に働き、父上の為に死にとうございます。しかしこのままでは、拙者如きでは、それさえも叶わぬのではないかと・・・もしも父上が亡くなられたら、拙者にはその後を追う権利さえないのではないかと、それが恐ろしくてたまらぬのです。父上に、後を追う権利を頂きたく思うのです。」
「関平・・・。」

 格好には似合わぬ真摯な言葉に、関羽の心が揺すぶられる。どうするか決めた訳ではない、しかし関羽はつと手を伸ばした。


「・・・帰ります、至らぬ事を申しました。」


 

 気付かなかった関平は、そのまま邸を辞す。伸ばしかけた手は行き場を失い、さりとて『待て』と言う気にもなれず、深深と関羽は嘆息した。