どきどき、の空騒ぎ

           朝日の案山子様 ご投稿作品




「星彩星彩星彩!」
「死ねば?」
 突然自分の家に押しかけてきた関平に、星彩が聞く間もなく一刀両断する。相変わらずきつい娘だ。だが彼女の性格形成の裏には、素直で(しかし接頭語に『馬鹿』のつく)子犬属性で手のかかる幼馴染と、明るいが乱暴者で考えなしの親父がいる事は否定できない。人の性格は環境によって作られる、というが、広義の意味で言うならば、彼女も被害者なのだ。・・・・・・あまりに逞しすぎて、『被害者』と認識されていない所が、困りものではあるけれど。

「せ、拙者死なないよ?!いきなり何言ってるの?!」
「今何時だと思っているのよ・・・。」
 
 いわゆる丑三つ時。星彩はそれなりに宵っ張りだが、さすがにこの時間は眠ってしまっている。それをいきなりの来訪者に叩き起こされたのだから、不機嫌極まりないのも無理はない。第一女の子の家に、こんな時間に押しかける男というのはどうなんだ。


 賢くない人間というのは、矮小かつ卑近な例を以って、一般化して物事を論じる向きがある。この場合簡潔に言うならば、『自分が起きてる時間は人も起きてる』と意識もせずに思う、ということだ。関平は基本的には優しく、人を思いやる性質だが、とにかく基本思考がおそまつだ。この辺は、何事にも思慮深い軍師殿や、自信満々だが冷静な父とは似ても似つかない。どちらかというと、例の正義馬鹿を見習っているのかも知れない。



「明け方の2時だけど?」
「誰もそんな事聞いてないわよ。何考えて生きてるの、この男の屑。」
「それ前にも聞いた!とにかく星彩に相談が!」

 『死ね、この糞馬鹿野郎』等々、とてもではないが年頃の娘が口にするとは思えない言葉を、何とか星彩は飲み込んだ。みっともないと思った訳でも、関平に気を使った訳でもない。言葉にする事で話が長引くのが面倒になっただけだ。


「一人で考え込んでいて訳がわからなくなっちゃったんだよ〜・・・それで星彩の所に。」
「そのまま訳わかんないまま考え込んでいればいいのよ。面倒な。」
「そんな事言わないで聞いて星彩!拙者は、拙者は〜〜!!」

 うぜぇ。泣き出した関平に抱いた星彩の感想は、その一つだけだったという。




 しゃくりあげ、泣き続ける関平から、ようやく事情を聞き出した星彩。押しかけてきてから、既に2時間。今度の週末は、絶対朝昼晩の3食全てをおごらせようと心に誓った。


「・・・で、話はそれだけ?」
「それだけって星彩!どうしよう、拙者父上に嫌われてしまった!」
「あなたが嫌われようがどうしようが、私には関係ないわよ。」
 全く以って正論なのだが、関平はむせび泣くだけだ。鬱陶しいったらありはしない。

「そんな事言わないで、星彩!星彩の恋にだって拙者、協力するから!」
「あなたみたいなへたれに協力されなきゃならないような恋なんて、初めから実る訳ないでしょう。というか、あなたに協力されなきゃいけないほど、私は能力ない訳でもないし、第一あなたが協力すると、上手く行くものも上手くいかなくなる。それからもっと言うと、私はあなたと違って万事順調に進んでいるから、余計な口出ししないで。邪魔よ。」
「何たる言い様!全ての反論を塞ぐやり方は、兵法でも悪しき策とされているんだぞ?!」
「関平のくせに生意気よ。だったら初めから相談にこないで。」

 つくづく立場の弱い青年ではあるが、無理もない。関平の枕言葉は、『いつだって空回り』だ。


「それは・・・そうだけど・・・拙者は・・・どうすれば・・・。」
「・・・。」
 目の前の、しょげ返る関平を、星彩はじっと見ていた。幼馴染、同い年。不器用で気が利かなくて、そのくせ誰よりも一途な彼の心を、星彩はよく知っている。

 そういえば、と星彩が立ち上がる。


「関羽様から書状を預かっていたのだわ。」
「父上から?」
「ええ、昼頃に訪ねてらして。・・・あなたと違って、常識的な時間にね。」
 最後の一文にだけ、今更ながらの皮肉を込めた。しかし『父上の書状』で動揺している関平は、もう星彩の言葉など聞いていない。

「『関平は必ず星彩の所に来るだろうから、面倒をかけるが』と仰って。」
「み、見たい、見る、見させて!」
「・・・私、おなか減ってるのよね。」
「明日満漢全席でも何でもおごるから!お土産もつけるから!」
「今食べたいの。激辛シュークリーム。」
「三国時代だから!シュークリームもコンビニもないから!あと激辛シュークリームって何・・・?明日、明日まで待って!とにかく手紙、父上の書状〜!」

 必死だ。みっともない位必死だ。星彩は溜息をついて、待っててと一言言って、隣りの部屋に消えた。



 程なくして彼女が戻ってきた時、手には竹簡が握られていた。早く早くと急かす関平に、抜かりなく『2人前ね』と言っておいてから、もったいつけてそれを渡す。真夜中に叩き起こされたのだ、これ位の意地悪は許されるだろう。

 とにかく早くと気が急いて、関平は星彩の言葉に頷いた。悪人が誰かを騙すとしたら、まず関平を選ぶだろう。とにもかくにも、そうしてやっと手に入れた(代償は満漢全席2人前と、お土産3人分+激辛シュークリーム)書には、ごく簡潔な文字列が記されていた。





 『普通の格好をして、また訪ねて来い。』








 何ともあっさりした文章だが、それでも関平は天にも昇る気持ちだった。『もう二度と来るな』でもなく、親子以上の感情を持った息子を叱る訳でもない。否、寧ろこの文面からは、もう一度仕切り直しをさせてくれそうな様子ではないか。一人で悩んでいた事などすっかり忘れて、関平はその書を胸に抱いた。

「ありがとう、星彩!明日父上の所に行ってみる!」
「おごるのは、週末でもいいから。」
「うん、ありがとう!それじゃあお休み。」
 満面の笑みを浮かべた関平に、星彩はこくりと頷いた。笑顔は変わっていない。子供の頃から、子犬のように素直な笑みのまま。


 帰ろうと立ち上がった関平が、ふと星彩の方を振り向いた。


「拙者は、星彩の事、好きだったけど・・・。」
「ええ。」
「恋愛感情じゃなくなった今も、星彩の事、とても好きだ。星彩と幼馴染で本当に良かった。星彩がいたから拙者は強くなれたし、今回の事だって勇気を持てたんだ。だから、星彩。拙者では力になれなくても・・・もしも星彩が、劉禅様との事で悩む事があったら、教えて欲しい。星彩が望む事で拙者がしてあげられる事なら、何だってするから。星彩は拙者の・・・たった一人の、大事な大事な、幼馴染だから。」
「・・・・・・上手く行かなかったら。」
 口角を、ちょっと上げるだけ。でもとても優しい笑みで、星彩は関平に語り掛ける。


「来ていいわよ。ただし、今度は起きている時に。」
「うん、ありがとう星彩!」
 清々しい顔で、関平が部屋を出て行く。見送りはしなかった。それが『幼馴染』の距離だから。踏み入らない、でも一番近い位置にいる、幼馴染の距離だから。







 関平の足音が遠ざかった後、甘い溜息を星彩は吐き出した。そして隣りの部屋に足を運ぶ。っそこにはまだ乾ききっていない墨と、筆が文机の上にある。


「馬鹿ね。」
 気付きもしない、愛すべきおばかさん。


 関羽が星彩の家を訪れる理由など、本当は何もないのだ。口で言うのが照れ臭いのなら、関平のいない時に邸に言伝を頼めばいいし、その方が関羽らしい。寧ろ星彩の家に届けるなど、よくよく考えれば不自然極まりない構図だろう。そして関羽程の大人物が、文を届けるなどという雑事をやる筈もない。
 だが、関平はそれに気付かない。気付かない程必死になって、気付かない程追い詰められている。そんな幼馴染が、何故だろう、とても可愛く思えた。格好いいとも素敵とも思えない、可愛くて素直な、幼馴染の子犬ちゃん。

 後はあなたの頑張り次第、とあくび交じりに呟いて、再び星彩は布団に包まるのだった。






 自分の胸に抱いた書簡が、父とは似ても似つかない細い文字でかかれている事を、関平が気付く事はきっとない。