恋になる日

           朝日の案山子様 ご投稿作品



 その日星彩は、関平の家に居た。前の晩、『明日の昼、拙者の家に来てくれ』と手紙を貰ったのだった。その日も朝から稽古で顔を突き合わせていたのだから、直接言えばいいものを回りくどい。召使いが渡してきた文に対して、星彩はそんな風に思ったものだ。


 何はともあれ、そうして星彩は関平の家にいる。目の前には、顔を真っ赤にして俯いたり何かを言いかけたり、おたおたしている関平。そもそも緊張家だし、上手く立ち回る事など出来はしない男なのだ。幼馴染で見ていたから、よく分かる。その割に駄目男加減が中途半端であるから、星彩は、彼をどうしても『同い年の弟』としか見られないのであった。

 関平の初恋は星彩だったし、それ位は周知の事実。『関平の家に行ってくるわ』と言った時の、父の何とも言えない表情を、星彩は思い出した。二人っきりだからと押し倒せるような男なら、もう少し根性がありそうなもの。・・・それに、何となくだけれど、ちょっと違う気もするのよね、と彼女は思う。


「関平、早くして。まどろっこしいのは嫌いなの。」
「せ、星彩っ・・・その、拙者には好きな人が、その、居て・・・ずっと前から好きで、でもその人は、拙者の事なんか、多分馴染み位にしか思っていなくて、それで、拙者、側にいられるだけでよかったのだけれど、でもその内我慢できなくなって・・・。」
「10字でまとめて。」
「短すぎない?!」
 『鬱陶しい』。それを前面に押し出しながら、星彩は一刀両断した。蜀の女性は皆男前だ。寧ろ関平が嫁に行くべきである。

「では、行くぞ!拙者、頑張る!」
「句読点を含むと、既に14字ね。」
「句読点位許してよ!っていうか、そういう話じゃなくない?!」
「早く言ってよ、帰るわよ私。」
 演技でも何でもなく、全身から『面倒くさい』という空気を漂わせた星彩が立ち上がる。関平も駆け引きを知らないが、星彩は別の意味で駆け引きを知らない。あっさりと相手を見限るのは、お手の物だ。そんな星彩の腰に腕を回して、ぐぐいと関平が引き止める。見ようによっては非常に危ない構図だが、どう見ても『追いすがり、泣き出す子犬』にしか見えない所がいっそ哀れである。

「待って、待って星彩!言う!言うから待って〜〜!!」
「とりあえず離してよ。邪魔だわ。」
 星彩が、関平に冷たい訳ではない。これが彼女の標準なのだ。この対応が崩れるのは、駄目男代表劉禅の前と、同じ女性として気を許している月英の前でしかない。

「ううう・・・。」
 仕方なく星彩が座りなおし、関平が腕を解く。・・・最初と同じ状態になった訳だ。

「その、拙者には好きな人が、その、居て・・・。」
「さっきと同じ会話繰り広げるつもりなら、本当に帰るわよ私。」
「待って、帰らないで!ちゃんと言うから!」
 関平は息を吸い込んだ。確かに星彩ならずとも、いらいらしてしまう光景ではある。




「せ、拙者は・・・父上が好きなんだ!」




 しばらくの沈黙が流れた。重い沈黙ではない。寧ろ間の抜けた沈黙だった。その沈黙を破ったのは、今まで見せた事のないような笑顔を浮かべた、星彩の一言。


「とりあえず今すぐ死ねばいいと思うわ。」
「拙者死ぬの?!?!」
「じゃあ3秒だけ時間をあげるわ。今すぐ自爆して。」
「しかも爆死決定!3秒って待つ時間じゃないよ!!」
 
 生か死かの、究極の選択・・・というか死しかないが・・・を迫る星彩と、律儀に突っ込みを返す関平。主題がずれている事に、間違いなく関平の方は気付いていない。

「別にあなたの事なんて、これっぽっちも恋愛感情で見ていないし、関羽様はあなたのお父上とは思えない程素晴らしい方だし、あなたが抜き差しを繰り返す衆道の道に走って痔に悩まされようとも、私には一切関わりのない事の上、仕事さえきちんと済ませてくれればあなた個人の問題なんて心底どうでもいいし、あなたが誰に焦がれ死にしようと、武将の補充なんか幾らでも出来る訳だし構わないわ。でも『幼馴染できゃんうふふ★絶好の告白状況☆』の中で、ここまではずしてくれた上に、本命間違いなしの女の子に恋愛問題相談するなんてどういうつもり?だからいつまで立っても小姓扱いから抜け出せないのよ、男の屑。」
「何気にさっきの『死ね』発言よりひどくない?!っていうか、好きの反対は『嫌い』じゃなくて『無関心』なんだよ?!あと星彩、君が☆とか★とか入れてもものっそい似合わないからやめて!」
「殺されたいの、関平?」
「星彩はすぐに実力行使する所が、何よりの欠点だと思う!」

 顔が変形するまで殴って、やっと気持ちが落ち着いたらしい。星彩は関平に向かいあった。


「・・・それで、どうしたいの。」
「父上に気持ちをお伝えしたいな、とは思うのだが、迷惑だろうか。」
「・・・・・・・馬鹿ね。」

 その言葉が、甘さを含んでいたかどうか、関平には正直分からなかった。星彩は普段から冷静で、感情を表に出す方ではない。それに関平の方は関平の方で、人の心というものを読み取るのが苦手と来ている。しかしとにかく星彩の真意をはかろうと、関平は次の言葉を待った。


「気付いていないのなんて、本人達だけでしょう?」
「え?待って星彩、それ、どういう・・・。」
 追いすがるように疑問をぶつけてくる関平を尻目に、星彩はさっさと立ち上がった。今度こそ、帰るつもりで。


 だけれど、と星彩は思い振り返る。決して恋心で見なかった、しかし可愛い幼馴染に、もう一度だけ手助けをしてやろうと。



「迷惑でなんか、ある筈ないでしょう。さっさと口に出してみたらいいじゃない。少なくとも私、あなたの愚痴を聞くのはもう御免なの。」
「星彩・・・。うん、わかった。拙者、頑張ってみる!」


 頑張ってね、とうわべだけにも聞こえる台詞を吐いて、星彩は一人、家路に急ぐ。




 何故だろう、ひどく劉禅に逢いたかった。