足ながおじさん6
           えにしだふう様 ご投稿作品
 
 
 ところで趙先生に家庭教師にわざわざ来ていただいている勉強の方は、と言うと。案の定、廖化さんの衝撃の告白からというもの僕は趙先生の授業に全然集中できなくなっていた。先生が教えてくれる勉強は面白くてわかりやすいのだが、いけないいけないと思いつつもやっぱり僕はつい先生の綺麗な顔に見とれてしまうし、相変わらず趙先生の視線は僕に対して変に熱いような気がして。いや、廖化さんでさえ「子龍サン、なんか平くんのことやたらと見てない?」とか耳打ちしてきたぐらいだから、僕の気のせいではなかったのだ。そしてついに。

「…私と恋愛してみないか?」
 趙先生は絶対廖化さんがいなくなるタイミングを狙っていたと思う。
「ええ?!だ、だ、だって趙先生にはカレシがいるって」
 ふう、とため息をついて趙先生はうんざりした風に言った。
「…それ、廖化に聞いたのか?もういいんだ、あんないい加減な男」
 あ、やっぱカレシはカレシなのね…。
「孟起にはもう付き合ってられないよ。私は君のような素直な子と一緒にいたい」
「あのっ、褒めていただいてうれしいんですけど」
「…私では不満?」
 趙先生が僕の顎にそっと指を添えた。うわわ!マズイ、マズイってこれ…。僕は趙先生に思い留まってもらおうと必死で言葉を探した。
「ダメですよ先生、浮気なんてしたらカレシさんが」
「君がそんなこと心配する必要ないよ。だいたい孟起が…いや、あの男の話はやめよう。関平、今の私には君の方が大切だ」
 僕は会ったこともない孟起という男を恨んだ。…あんたが趙先生大事にしないからこんなことに!!行き詰まった僕はとうとう切り札をきる。
「僕…僕は、関先生のヨメなんです!」
 ところがこのとっておきの切り札にも趙先生は涼しい顔で少しもこたえた様子はなく。
「ふぅん。ではお互い浮気同士というわけだ。いいじゃないか、フェアな関係で」
 浮気同士がフェアかどうか知らないが趙先生に迫られても困るものは困る。
「ダ、ダメです」
「何がダメなのかな?関平、君だって私のことを好きなんだろう?そうでなければあんなに始終私の顔を見つめたりはしないよね?」
「ううっ…」
「そうだな、君と会った一番始めから。覚えてるよね?エレベーターに乗り合わせたあの時から、君は私に見惚れていた。そうだろう?」
 …おっしゃる通りで。
「私も君を一目見た時から気に入ったよ。私と君が恋愛を始めるのにまだ何か不足があるかい?」
 でも、でも…。
「平…」
 趙先生が吐息が感じられる程近くで囁いて。
 あ、あ、やだ…。
 その瞬間のぎりぎり直前に、僕は錆び付いたように動かない体を叱咤してなんとか趙先生の体を押し返した。肩で息をしながら声を搾り出す。
「…キスするのは関先生だけがいいんです!!」
「じゃあキスだけはしないでその先は」
「ダメダメもっとダメです」
 駄々っ子のように揚げ足を取る趙先生とわあわあ言い合っている時に、都合よくインターホンが鳴った。助かった、とばかりに僕は部屋を飛び出して玄関ドアから入ってきた廖化さんに飛びつく。玄関にいたのは廖化さん一人ではなかった。切れ長の眼に、色素が薄いためかキラキラ光を跳ね返す髪、細身のブランドスーツを憎いほど着こなした若い男。僕の後からリビングを出て来た趙先生が嫌そうに呟いて、男の正体は明らかになった。
「…孟起」
 廖化さんが背中に隠れた僕に、子龍サンの居場所教えろって言われたから連れて来ちゃった、と舌を出した。どういうことだかさっぱりだが廖化さんに助けられたことだけは確かだ。僕は廖化さんの背中にくっついたまま大人二人の痴話喧嘩をテレビドラマでも見るように眺めていた。

 結局、最後には趙先生と劉グループの支社長馬超さんはよりを戻した。廖化さんは「別れてくれたらオレにもチャンスあったのに〜」と悔しがってみせたが、直接会話することを避けてたはずの趙先生ともスーツのイケメン馬超さんとも最後には仲良く喋ってたから、あれは冗談なんだと思う。つまるところ趙先生は浮気してみせて馬超さんに当て付けるつもりだったってわけだ。頬を染めて僕に申し訳ないと言った趙先生はとても綺麗で。恋しちゃってる人の切なさを生まれて初めて目の当たりにした僕は、なんだか感動して一も二もなく趙先生を許した。
「…気まずいからもう家庭教師やめるとか、言わないでください」
「…」
「僕、趙先生の授業ホントに楽しいんです」
「関平…」
「関先生にせっかく良い学校に転入させてもらって、絶対関先生をがっかりさせたくないんです。だから、これからも僕の勉強手伝ってください」
 趙先生は頷いた。ふっ、と微笑んだその顔はやっぱりすごく綺麗だった。



 ベッドの中で(もちろん関先生のベッドだ)僕は先生にメールを打った。今日あったことをありのまま書くわけにはいかないが、僕の気持ちを先生に伝えたくて。僕には先生だけなんだってことを。
『毎日先生のことをたくさんたくさん考えてます。明日は僕ががんばって料理して先生の帰りを待つつもりです。先生が帰って来たら伝えたいことがあるんです。メールじゃなくてちゃんと言葉で伝えたいから、楽しみにしててくださいね』
 その日の夢は、昨日のフリフリエプロンの僕の夢だった。
 
 
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